【長編シナリオ】空の向こう側③

○  バー(相良の回想)
オシャレな雰囲気のお店。
男と女、それぞれ四人がテーブル席に座っている。その中には祥と相良がいる。
祥は他の女と話している。
相良と話している男は大分酔った様子。
祥の友人「ああ。あの日ね。よく覚えてるよ。ゼミの教授がさ、その年で退職になるっていうから、俺たちで慰労会を計画したんだよ。すげーお世話になった教授だからさ。けど、あいつ、当日、ブッチしやがったんだよ。したら、教授、すげー怒っちまってさ、ゼミの単位を落としたんだ。そのせいで、菱川、留年しちまってさ」
相良「何か、大切な用事でもあったんじゃないんですか?」
祥の友人「それがさ、いくら聞いても、理由、ぜってー言わねえの。ホント、何してたんだか」
回想終わり。

○  喫茶店
隼人「で、お前ん家の近くで、菱川の写真持って、聞き込みしてみたらよ、ドンピシャ」
柊「……よく、覚えてた人、いたね」
隼人「あいつ、目立つからな。結構、覚えていた人、多かったぜ」
相良「明らかに、行動も怪しかったんだって」
柊「でも、家の近くで聞き込みするなら、僕も手伝ったのに」
隼人「疲れてそうだったし、お前はお前で調べてるんだろ? こっちのことは気にするなよ」
柊「……手伝えることあったら、ちゃんと言ってよ」
隼人「おう。困ったときは協力頼むからよ」
相良「でもさ、実乃里と菱川が会っているところを見た人はいないんだよね?」
隼人「ああ。菱川の方は目立つから覚えてる人は多かったけど、実乃里の方を覚えてる人はほぼいなかったからな」
柊「周りの部屋の人たちは全員、引っ越しちゃったからね」
隼人「さすがに、そいつらを追うのは無理だよなぁ」
相良「菱川から直接聞き出すしかないよ」
隼人「どうやってだよ。あいつが喋るとは思わねぇけど」
柊「……僕にちょっと考えがある。その件は任せてくれない?」
隼人「……え? 別にいいけど……」

○  薬局前(夜)
柊が薬局から出ると、入り口の付近で祥が待っている。
祥「やあ。こんばんは(薬局を見て)体調でも崩したんですか?」
柊「……ええ、まあ少し。菱川さんの方はどうしてここに?」
祥「あなたに話がありましてね。……少し、歩きませんか?」
祥と柊が並んで歩く。
祥「私もね、実乃里さんの事件について調べているんですよ」
柊「(困惑して)なぜ……ですか?」
祥「柊さん。私はね、執着心が人一倍強いんですよ。本気で愛した人間は、死んだとしても……いや! 死んだからこそ、私の心の中に強く! 強く、残っているのです!」
柊「実乃里ちゃんとは、どんな関係だったんですか?」
祥「気になりますか?」
柊「僕は実乃里ちゃんから、あなたのことは一切、聞かされてなかったですから」
祥「強欲な人だ。実乃里さんを手に入れた上に、さらに独占しようなどとは」
柊「いや、独占だなんて……」
祥「ははは。冗談ですよ。柊さんが思うようなことは何もないです。逆に言うと、柊さんに言う必要すらない。そんな存在だったんでしょうね」
柊「……」
祥「それも仕方ありません。……私の一方的な一目惚れだったのですから」

○  本屋(祥の回想)
祥が新書のコーナーを見ている。
『氷の下で』というハードカバーの小説を手に取り、パラパラとめくる。
祥「ふむ」
本を閉じ、脇に抱えて他の新書を見渡す。
実乃里「あ、その本買うんですか? 辺りですよ。すごく、面白いんですから」
祥が呆けたように実乃里をじっと見る。
実乃里「その作者、他にも書いているんですよ。その中でも、私のお勧めは……(祥がジッと見ていることに気付いて)あ、ごめんなさい。私、また余計なことを……」
祥「あ、いえ。私、あまり小説を読まないので、そういう情報は助かります。……それで? あなたの勧めはどれなんです?」
実乃里が一冊の本を手に取り、祥に表紙を見せて、微笑む。
実乃里「これです! 読んでみて、損はありませんよ!」

○  通り
柊と祥が並んで歩いている。
祥「その後、本を選んでもらったお礼に、カフェをご馳走させてくれと言ったんですがね、あっさりと断られてしまいました」
柊「……」
祥「既に柊さんと付き合っていたようでしたからね。男と二人きりで、という状況は避けたかったのでしょう。でも、私は諦めることができなかった……」
柊「それで、何度も声をかけた……ということですか?」
祥「心外ですね。一体、そんなこと、誰が言ったんですか? 私は声を掛けるなどと言う無粋な真似はしません。一度断られているのですからね。私ができることと言えば、待つことだけですよ。最初の時に、携帯の番号を教えましたから、実乃里さんの方からかけてくれるのをずっと待っていました」
柊「では、菱川さんは実乃里ちゃんと……」
祥「ええ。ほとんど話をしていませんよ」
柊「家の近くをうろついていたというのも嘘……ですか?」
祥「私が自粛したのは話すことだけです。実乃里さん観察は日課と言ってもいいでしょう」
柊「……」
祥「おや? 今、私のことをストーカーと思いましたね?」
柊「え? い、いえ。そんなことは……」
祥「私は実乃里さんを幸せにしたいのであって、迷惑をかけたくはありません。その辺の変態共と一緒にしないでいただきたい」
柊「あ、いや……その考え方自体が……」
祥「(腕時計を見て)おっと、もうこんな時間になってしまったんですね。今日のところはこのくらいにしておきましょう。また、今度、ゆっくりと実乃里さんのお話をしましょう」
祥が悠然と歩き去っていく。
茫然とその後姿を見ている柊。

○  倉庫
作業服を着て、段ボールを運んでいる柊。
フラついて段ボールを落としてしまう。
社員(35)が走ってくる。
社員「あー、もう。また? 何やってるの?」
柊「……すいません」
社員「ホント、使えないなぁ。高校生のバイトの方がまだマシだよ」
柊「……」
社員「大学、医学部だったっけ? 高学歴の奴ってさ、言い訳だけ達者で、作業に向かない奴が多いんだよな。なに? この仕事、馬鹿にしてるの?」
柊「いえ……そんなことは」
社員「いい大学出たんだから、もっといい所に就職したら? こんなところでバイトだなんて、せっかくいい大学出したのに、親も泣いてるでしょ?」
柊「……」
社員「うちのことは気にしなくていいからね。君が辞めても、何の問題もないから」
社員が歩き去っていく。
段ボールを拾い、ゆっくりと歩き出す柊。

○  柊の部屋(深夜)
電気が消えていて、薄暗い。
ベッドの上に座り、ボーっとしている柊。
チラリと机の方を見ると、置時計が深夜三時半を差している。
立ち上がって、机の前に立つ。
時計の隣には実乃里と柊が笑顔で写っている写真がある。
柊「……(写真をジッと見て)」
机の引き出しを開いて、中にある睡眠薬が入った容器を取り出す。
蓋を開けて、三粒ほど出して飲み干す。

○  多条大学病院外観
病院の外壁に『多条大学病院』と書かれている。

○  同・病院内・ロビー
待合室で座っている柊。
そこに複数の大きな封筒を持った、白衣姿の隼人が歩いてくる。
隼人「悪い、柊。待たせたな」

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