【長編シナリオ】空の向こう側⑥

○  倉庫内
柊「あれはきっとその時の記憶を見られたくなかったから……」
隼人「お前! さっきから記憶がどうとか、何言ってるんだ! 寝不足で頭おかしくなっちまったんだろ?」
柊「検案書。隼人は言っていたよね? 偽造された形跡があるって。……そう。偽装されてたんだ。本当は絞殺だったのが自殺に……ね」
隼人「お前……まさか、病院に忍びこんで……」
柊「御厨先生に直接聞いたよ」
隼人「なっ!」
祥「あなたは私を犯人に仕立て上げようと、色々と情報を操作したつもりだったんでしょうが、詰めが甘すぎますね。まあ、あの頑固者の御厨先生から話を聞き出した柊さんの手腕は目を見張るものがありますが」
柊「御厨先生に検案書の偽造を持ち掛けたのは、実乃里ちゃんや隼人の父親であり、病院の院長である天羽清史郎。……ではなぜ、実の娘を殺した犯人の手掛かりを握りつぶそうとしたのか……? それは犯人も身内だったからだ」
隼人「……」
柊「警察も、まさか、被害者の身内が犯人を隠ぺいするはずがないと思い込み、自殺をあっさりと受け入れたんだと思う」
隼人「……けっ! 馬鹿馬鹿しい! どうかしてるぜ! お前は俺を犯人にしたいようだけど、なんか証拠でもあるのかよ?」
祥「御厨氏の証言がある」
隼人「アホか、お前は! んなの、何の証拠にもなんねえよ! どうせ、父さんのことを妬んで、デタラメを言っただけだ」
祥「妬む? 逆に感謝してるでしょう。大学病院とまではいかないにしても、院長にしてもらったのですから」
隼人「黙れ! 黙れ! 黙れ! いいから、証拠だ! 明確な証拠を持って来いよ!」
柊が隼人の目の前まで歩く。
柊「隼人は一つ、思い違いをしているよ。そもそも、証拠なんて必要ないんだ。だって……」
隼人「あん?」
柊が隠してあったナイフで、隼人の腹を刺す。
柊「僕が裁くんだから」
隼人「な……お前……ぐ(血を吐く)」
柊「隼人、思い出すんだ。あの日、自分が何をしたのか? 思い出しながら逝け」
何度も何度も、隼人を刺す柊。
相良「隼人!」
相良が駆け寄ってくる。
隼人「……実乃里」
こと切れる隼人に、目をつぶって触れる柊。
柊「……」
相良「隼人! 隼人! しっかりして、隼人!」
柊が目を開く。
柊「……やっぱり」
相良「(柊を睨んで)この人殺し! 警察に突き出してやるわ!」
柊「相良さん。あなたの罪は、あの日、隼人に北海道に行くことをしゃべったことだ。あんなことさえしなければ、こんなことにはならなかった」
相良「てめえ、絶対に死刑にしてやるからな! 絶対よ! 死刑! 死刑っ!」
柊「それは……君だよ」
柊が相良の喉をナイフで掻っ切る。
相良「がっ! あっ!」
相良が血を吐いて、倒れる。
祥「どうやら、私はあなたを見くびっていたらしい。まさか、復讐の為……実乃里さんの為とはいえ、ここまでやるとは」
柊「あなたほどではありませんよ。それに、僕の人生は四年前のあの日に終わっています。言ってしまえば、今日の為に生きていただけです」
祥「なるほど。まあ、なんにしてもこれで終わったというわけですか」
柊「最後に、僕の話を聞いてくれませんか? 少し、長くなってしまうんですが」
祥「あなたが何を話すのか……実に興味深い」
柊「四年前の、あの日、何があったのか……」

○  柊の部屋(四年前)
玄関のドアが開き、実乃里が入ってくる。
ドアを閉めようとしたときに、隼人が割って入ってくる。
隼人「実乃里!」
実乃里「……お兄ちゃん」
隼人が詰め寄って来て、実乃里の肩を掴む。
隼人「どうしてだ! どうして、俺に黙って北海道なんかに……」
実乃里「……美鈴に聞いたの?」
隼人「俺は……お前をこんなに愛しているのに……どうして離れていくんだ」
実乃里「だからだよ。兄妹でなんて異常だわ。……私たち、離れた方がいいんだよ」
隼人「ダメだ! ダメだ! ダメだ! お前があんな奴と暮らしてるってだけで気が狂いそうなのに……会えないなんて、耐えられるわけ、ない!」
実乃里「いつもそう。自分のことばっかりで、私のことなんて考えてない……。お兄ちゃんが愛してるのは私じゃない。『従順な妹』よ」
隼人「ち、ちが……」
実乃里「もう、終わらせたいの! 私、北海道で柊さんとやり直すの。だから、お兄ちゃんは美鈴と……」
隼人「許さない! 絶対に許さない! あんな奴に取られるくらいなら、いっそ!」
隼人が実乃里を押し倒し、首を絞める。
実乃里が振りほどこうとして、隼人の手を引っ掻く。
だが、やがて実乃里が目を閉じ、動かなくなる。
隼人「はあ、はあ、はあ……」
ジッと、動かない実乃里を見る隼人。
ハッとして立ち上がり、後ずさって壁にぶつかる。
隼人「あ、ああ……」
おろおろとした隼人は、震える手でポケットから携帯を出して、電話を掛ける。
隼人「父さん! どうしよう、俺……」
清史郎の声「どうした? 落ち着け」
隼人「俺、実乃里を……殺しちまった」
清史郎の声「なっ!」
隼人「俺……捕まりたくない。助けて……」
清史郎の声「……取りあえず、自殺に見せかけるんだ。……そうだな、首つりがいい」
隼人「でも! そんなの直ぐにばれるんじゃ」
清史郎の声「うちの病院で検案をやる。警察には自殺と報告すれば、まず疑われるようなことはないはずだ。だから、今から言う物を直ぐに買ってこい」
隼人「うん……。わかった。すぐに用意するよ」
隼人が部屋から出る。
祥の横を通り過ぎて、雨の中を走る隼人。
回想終わり。

○  倉庫内
祥「なるほど。それが事件の全容ですか」
柊「いえ、まだです」
柊がナイフで祥の腹を刺す。
祥「!?」
柊「菱川さん、絞殺の痕は二つあったんです」

○  柊の部屋(四年前)
祥が部屋に入ってくる。
倒れている実乃里を見下ろす。
実乃里「う、うう……ん」
うっすらと目を開ける実乃里を見て、笑みを浮かべる。
実乃里にまたがる祥。
そして、首を絞め始める。
祥「ふふふふふ。あははははははは!」
笑いながら、首を絞め続ける祥。
回想終わり。

○  倉庫内
柊「あのとき、まだ、実乃里ちゃんは生きていたんだ」
祥「はっ! はっ! はっ!」
柊「菱川さん、前に言いましたよね。取られるくらいなら、いっそ自分の手でって」
祥「ふっ! ふふふふふふ。あははははは! そうだ! 実乃里さんはもう私のものだ! 貴様から、奪い取ってやったんだ! 私の勝ちだ!」
柊「……」
もう一度、深くナイフを突き刺す柊。
祥が動かなくなったのを見て、ナイフを落とす。
柊「終わったよ。実乃里ちゃん」

○  倉庫前(朝)
パトカーが数台止まっている。
手錠を掛けられた柊が、パトカーに乗せられる。
パトカーが走り出し、柊は窓から外の風景を茫然と眺めている。
空に視線を上げる柊。
透き通るような青い空に、一羽の鳩が力強く飛んでいく。

終わり

<5ページ目へ>