【ラジオドラマシナリオ】正義の行方

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■概要
主要人数:4人
時間:13分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
来栖猛
仙田
宮下
男教師
その他

■台本

猛(N)「正しいこと。私が生きてきた人生はまさに、正義と共にあった。その道を示してくれたのは、小学校の先生だった」

  来栖猛(10)が泣いている。

猛「うっ、うう……」

男教師「来栖、またイジメられたのか」

猛「先生……」

男教師「あいつらが、憎いか?」

猛「……」

男教師「お前は正義感が強いからな。正しくない人間から見たら、鼻につくんだ」

猛「正義だから、正しいことをしてるからイジメられるの?」

男教師「そうだ。だが、正しいことが悪いというわけではない」

猛「え?」

男教師「来栖、お前は胸を張っていいんだ。お前の正義はきっと、色々な人を救う。そのまま信じて真っ直ぐ進んでくれ。先生は応援してるからな」

猛(N)「先生のその言葉がなければ、私の心は折れていただろう。私は、先生のこの言葉を胸に、自分の中の正義を信じて生きてきた」

  市役所。

  仙田が猛に書類を持ってくる。

仙田「来栖主任、新たに申請者の書類になります。承認をお願いします」

猛「……ふむ」

  ペラペラとページをめくる。

猛「仙田。この申請は承認できない」

仙田「え? どうしてですか? 十分、資格の条件は満たしていると思うのですが……」

猛「いつも、言ってるだろ。生活保護に関しては特に厳しく審査しろと」

仙田「し、しかし、審査した上で、条件を満たしてます……」

猛「大体、こいつ、まだ二十五歳じゃないか。この年齢で働けないというのがおかしいだろ」

仙田「ですが、医師からうつ病との診断書がありまして……」

猛「あのなあ、仙田。こういうものは少しお金を出すか、うつ病のフリをすれば診断書なんていくらでも入手できる」

仙田「仮にそうだとしても、証明できる証拠が……」

  そこに宮下裕理(28)がやってくる。

宮下「証拠がないなら、作ればいい。ですよね、来栖主任」

猛「さすが、宮下君だ。よくわかってるじゃないか」

仙田「作ればいいって言われても……」

猛「仙田。よく考えろ。要は生活保護の対象から外せればいいんだ」

仙田「……はあ」

宮下「来栖主任。例の香田正一ですが、パチンコ屋で数万使っている証拠を掴みました。これが、その写真です」

猛「よくやった。これで香田の生活保護の対象から外せるな。すぐに手続きをするんだ」

宮下「はい」

仙田「……」

猛(N)「生活保護。働きもしない人間が、国民のお金を貰い、生活をする。近年、生活保護の対象者の人数や生活が問題になっている。下手をすると、必死に働いている人間よりも良い生活をしているやつもいる。私はそれが許せない。甘やかすから、付け上がるんだ。実際、生活保護の対象から外れた人間のほとんどが、働き出している。そんなクズを私は大勢見てきた」

課長「来栖猛主任、君の働きにより、生活保護者数の30パーセントの削減に成功した。これにより、厚生労働省から賞状が届いている。これからも頑張ってくれたまえ」

猛「はい! ありがとうございます」

猛(N)「学生では報われなかった正義の心。だが、国は私の正義を認めてくれている。そう。私は間違っていない。これこそが、私が信じる正義なのだ」

仙田「あの……来栖主任、少しお話があるのですが」

猛「どうした? 神妙な顔して」

仙田「見てください。宮下先輩、この前のパチンコの写真、偽造だったようです」

猛「……それで?」

仙田「いや、それでって……。偽造ですよ! 大問題です!」

猛「仙田、物事は全体的に見ろ」

仙田「……どういうことでしょう?」

猛「いいか。宮下君は、この写真を使って、生活保護の対象から外すことに成功した。相手は多少文句を言ったが、結局、あの男は受給されなくなってから、働き始めている」

仙田「……」

猛「つまり、あの男は働けないと嘘を付いていたということだ。そんなクズの更生に成功した、それだけのことさ」

仙田「……ですが、違法な方法です」

猛「なあ、仙田。方法にこだわっていたら、正義は貫けない。もし、今回、正しい手順や方法を取っていたら、あの男を更生できなかった、もしくはもっと時間が掛かってたはずだ」

仙田「正しい方法で行うことが正義なのではないでしょうか?」

猛「……仙田、お前の考えはわかった。もう担当を外れろ。これからは書類整理の仕事を任せる」

仙田「……そんな」

猛(N)「理想論では正義を貫けない。私は、小さい頃から嫌と言うほど味わってきた。綺麗事で正義の道を進めないのであれば、どんな手を使ってでも正義の道を進み続ける。それが私の生き方なのだ」

宮下「主任、こちらの坂田信彦さんですが、六十前ですので、まだ働けるかと思います」

猛「……」

宮下「主任?」

猛「あ、いや、なんでもない。確かに六十前なら、もう少し頑張れるはずだ。独り身みたいだし、そこまで生活費もかからないから、簡単なバイトでも生きていけるんじゃないか」

宮下「では……」

猛「まあ、宮下君に任せるよ」

宮下「承知しました」

猛(N)「だが、それはある問題を引き起こすことになるのだった……」

猛「自殺?」

宮下「はい。生活保護の対象から外れることが決まった一週間後です」

猛「……一週間後なら、因果関係はないだろ。気にするなよ」

宮下「はい!」

課長「あ、来栖主任、そのことなんだが……」

猛「はい?」

課長「その人の家の整理に立ち会ってくれ。一応、因果関係はないというような証拠も一緒に持って来て欲しい。……こういうのは問題になってからじゃ遅いからな」

猛「わかりました。宮下君、君も一緒にきてくれ」

猛(N)「課長の言う通り、私は自殺した人の家の整理に立ち会った。奥さんに先立たれ、子供がいなかったため、天涯孤独の状況だった」

宮下「……受給を打ち切られたことで、絶望したんでしょうか?」

猛「……かもな。けど、働く気がない人間がこの先、生きててもしょうがないだろ」

宮下「ですよね」

  家の中を歩く、猛。

猛「……え?」

宮下「なんですか、その写真。随分と古いですね」

猛「……」

宮下「男の子と一緒に写ってますね。子供は……いなかったみたいですから、親戚の子でしょうかね?」

猛「先生……」

宮下「え?」

猛(N)「その写真は、昔の私と一緒に撮ったものだった。私に正義の道を示してくれた……坂田先生。写真と一緒に置いてあった日記。そこには、奥さんが病気で亡くなってからの落ち込みがわかるほどの文章がびっしりと書かれていた。……確かに、これでは働けないというのもわかる」

宮下「主任、この人、借金してるみたいですね、色々なところから。これって、受給を貰っても、焼石に水ですよ。これは借金を苦に自殺したってことにしておきますね」

猛「……」

宮下「どちらにしても、この人の人生は八方塞がりです。そんな人に、国のお金を払うなんて無駄だと思います」

猛「……」

宮下「主任、私、正しいことをしたんですよね?」

猛「……」

猛(N)「正しいこと。……果たして、これは本当に正しかったのか? 私は、宮下君の問いかけに答えることができなかった」

終わり

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