【声劇台本】逃亡

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■概要
人数:5人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
拓也(たくや)
光輝(こうき)
母親
その他

■台本

拓也(N)「何もかも放り出して逃げ出したい。誰しもが一度は考えることではないだろうか。逃げ出したいという思いに年齢は関係なく、小学生だった俺も、その例外ではなかった。このつまらない日常や学校から、うるさい親から、そして、自分の罪から、逃げ出したい。そんなことを考えているときに、あの人に出会ったのだった」

場面転換。

拓也が小学校6年生。

拓也「う、うう……」

自転車が走ってきて、停まる音。

光輝「こんなところで、泣いて、どうしたんだ?」

拓也「え?」

光輝「もうすぐ暗くなるぞ。家に帰ったらどうだ?」

拓也「……帰りたくない」

光輝「なんかあったのか?」

拓也「お母さんに怒られた」

光輝「なんで?」

拓也「宿題しないでゲームしてたから」

光輝「うーん。そりゃ、お前が悪いな」

拓也「……」

光輝「ほら、後ろに乗れ。送ってってやる」

拓也「で、でも……」

光輝「いいから」

拓也「う、うん」

拓也が自転車の後ろに乗る。

光輝「じゃあ、行くぞ。しっかり掴まってろよ」

自転車を漕ぎだす光輝。

拓也「うわー。早いね」

光輝「気持ちいいだろ?」

拓也「うん」

光輝「お前、名前は?」

拓也「拓也」

光輝「いいか、拓也。人生にはな、どうしようもなくて、どうしても逃げ出したい時があったら、逃げ出してもいいんだ」

拓也「……」

光輝「けどな。それ以外の時、頑張れるときは逃げちゃダメだ。今回の拓也のことは逃げちゃダメな場合だな」

拓也「でも……帰ったら、また怒られるよ」

光輝「うーん。意外とそうでもなかったりするぞ」

拓也「え? そうかな」

光輝「ああ。きっと大丈夫だ」

拓也「う、うん」

場面転換。

ドアを開けて拓也が家に入って来る。

拓也「ただいま……」

母親「こんな時間までどこ行ってたの。早く手を洗ってきて。もうすぐ御飯だから」

拓也「……う、うん」

場面転換。

夕方。歩いている拓也。

拓也「あ、お兄さん!」

拓也が光輝に駆け寄る。

光輝「よお、拓也。学校の帰りか?」

拓也「うん、そうだよ」

光輝「で? 昨日はどうだった?」

拓也「……怒られなかった」

光輝「そうだろ? そんなもんさ」

拓也「ねえ、お兄さんの自転車の横についている荷物はなあに?」

光輝「あ、これか? これは生活必需品だ。野宿することもあるからな」

拓也「え? 野宿って外で寝ることだよね? どうして家に帰らないの?」

光輝「ああ。俺は今、自転車で日本を回っているんだよ」

拓也「へー。すごいね。でも、大変じゃないの?」

光輝「確かに苦労するときはある。けどな。この生活も悪くないぞ。なんたって、自由だからな。仕事にも行かなくていいし」

拓也「ええーいいなー! 僕も行きたい」

光輝「はは。大きくなったら、やってみるといいさ。最高の気分だぞ」

場面転換。

ドアを開けて拓也が入って来る。

拓也「ただいまー」

母親「……拓也。ごめんね」

拓也「え? なにが?」

母親「運動会なんだけど、お母さん、仕事でいけないの」

拓也「ええ! なんで? 今年は来てくれるって言ったじゃん!」

母親「……ごめんね」

拓也「なんだよ! お母さんは仕事ばっかり! 運動会に誰も来ないなんて、僕だけだよ!」

母親「ごめんね、拓也」

拓也「……お父さんがいないから?」

母親「え?」

拓也「なんで、僕にはお父さんがいないの? なんで、僕だけ、こんな目にあわないといけないの? 母さんはホントは僕のこと邪魔なんだ!」

母親「そんなことない!」

拓也「仕事の方が好きなんでしょ! 僕なんかいなかったら、ずっと仕事出来るもんね!」

パチンと頬を叩く母親。

拓也「う、うう……。お母さんのバカ! お母さんなんか、大嫌い!」

拓也が家を飛び出していく。

場面転換。

拓也「う、うう……」

自転車がやってきて、停まる音。

光輝「おいおい。さっき、家に帰ったばっかりだろ」

拓也「あ、お兄さん」

場面転換。

光輝「なるほどな……」

拓也「ねえ、お兄さん。僕も連れてってくれないかな?」

光輝「……」

拓也「お願い! 僕、もうお母さんのところに戻りたくない! それに、お母さんしかいないからって、からかってくる友達とも会いたくない!」

光輝「なあ、拓也。本当に辛いときは逃げてもいいんだ」

拓也「うん、だから、逃げたい」

光輝「でも、今回は逃げちゃダメな場合だな」

拓也「ええ! で、でも……」

光輝「ほら、お母さんに謝りに行くぞ」

拓也「……」

光輝「運動会には俺が行ってやる。それでどうだ?」

拓也「え? ホント!?」

光輝「約束だ」

場面転換。

母親「本当にありがとうございました」

光輝「いえ。楽しかったですよ、運動会」

母親「ほら、拓也もお礼いいなさい」

拓也「お兄さん、ありがとう」

光輝「ああ。駆けっこの一等賞、おめでとう。……それじゃ、俺、そろそろ」

拓也「ねえ、もう少しこの町にいたら? そうだ、うちに泊まっていったら?」

母親「ええ。宜しければ、どうぞ、泊まっていってください」

光輝「嬉しい誘いですけど、もう行かないといけないんで」

母親「そ、そうですか……」

光輝「というわけで、じゃあな、拓也」

拓也「ねえ、お兄さん、また会える?」

光輝「そうだなぁ。拓也が良い子にしてたらな」

拓也「うん、僕いい子にしてるよ!」

光輝「それなら、きっとまた会えるさ」

場面転換。

母親と並んで歩く拓也。

拓也「お兄さん、今頃、どこにいるのかな? いつ、戻ってきてくれるのかな?」

母親「自転車で全国をまわってるんでしょ? 一か月じゃ無理よ」

拓也「うーん……って、あれ? ねえ、お母さん! お兄さんの写真!」

母親「え? ……え? 指名手配?」

そこに警察官が駆け寄って来る。

警察官「坊や。この写真の人、見たことあるのかい?」

拓也「……」

母親「あの、その人、何したんですか?」

警察官「殺人です。母親を殺して、逃亡中なんです」

母親「そ、そんな……」

拓也「……」

場面転換。

拓也(N)「お兄さんは言っていた。どうしようもないとき、本当に辛いときには逃げてもいいと。きっとあれは、自分自身に対しての言葉だったんだろう。あれから10年以上経った今でも、お兄さんが逮捕されたという記事はない。この空のどこかで、お兄さんは今だに逃げ続けているのだろうか?」

終わり。

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