【オリジナルドラマシナリオ】受け継がれる魂③

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達也(N)「手記には戦争の恐ろしさが生々しく綴られていた。レーラさんの祖父であるユーリーさんは部隊で一人だけ生き残り、怪我を負いながらも、本隊に合流するため必死で進んだ。……そこまで、読み上げたところで、レーラさんが息を詰まらせる」

レーラ「……ごめん。いつもここで辛くなる」
達也「無理しないで。今日はここまででいいよ。そ、それより、早速ボルシチ作りをしてみようか」
レーラ「うん。まだ舌が覚えているうちに、色々試してみたい」
達也「よし。やってみよう」

  レーラがまな板の上で玉ねぎを切る。
  その玉ねぎをフライパンで炒める達也。

レーラ「ボルシチはウクライナ語で、薬草の煮物という意味。今は、スビョークラや玉ねぎを中心とした野菜で作るのがオーソドックス。まずは一般的なレシピで作ってみる」

達也(N)「レーラさんは、手慣れた手つきで、ボルシチを作っていく。恐らく、何十回……いや、何百回も作ったんだろう。さっき、包丁さばきを褒められて得意げになったけど、あれは、お世辞だったことがはっきりと分かって、逆に恥ずかしい」

  レーラがボルシチの入った皿をテーブルの上に置く。

レーラ「食べてみて。今のところ、これが私の限界」

  達也がスプーンでボルシチを一口食べる。

達也「うん! すごい、美味しい!」

達也(N)「さすが、レーラさんが長年研究して辿り着いた味だ。さっきと比べると格段に美味しい。これは、お店で出せば大人気になるだろう」

レーラ「これは自信作だった。……達也の店で、あのボルシチを食べるまでは」
達也「……」
レーラ「びっくりしたのは、あのボルシチ、材料が一般家庭で使われているものだけだったこと。スビョークラ、玉ねぎ、にんじん、そして……牛肉」
達也「最初に作ったものと同じ……」
レーラ「根本的に、見直す必要がありそう」

達也(N)「その日は、明け方までボルシチを作り続けた。……もしかしたら、ここまで料理に打ち込んだのは初めてかもしれない」

レーラ「二人だと捗る。……でも、もう限界。達也も少し、寝たら?」
達也「ねえ、レーラさん。おじいさんの手記、見せて貰えないかな? 気になってさ」
レーラ「……でも」
達也「何とか、辞書とかネットで調べながら解読するよ」
レーラ「……」

達也(N)「レーラさんは手記を取り出すと、ペラペラとページをめくり始めた」

レーラ「私は怪我を負い……」
達也「レーラさん……」
レーラ「手記にヒントがあるなら、私も付き合う」
達也「……ありがとう」
レーラ「私は怪我を負いながらも、炎天下の中……」

  以下、ユーリーの過去。
  足を引きずりながら歩くユーリー。

ユーリー(N)「私は怪我を負いながらも、炎天下の中を充てもなくさまよっていた。敵に追われ、方向感覚を失い、意識すら薄くなりかけた状態だった。それでも、諦めなかったのは、隊長たちの無念を本隊に届けることと、私の中にくすぶっている料理に対する、情熱があったからだと思う。私はこんなところで終わるわけにはいかない。料理人として、さらに高みへと登る使命があるのだ」

ユーリー「私は……まだ……死ぬわけには」

ユーリー(N)「そのとき、私は偶然、洞窟を見つけることができた。それはまるで、神が私に生きろと言ってくれているように感じた」

ユーリー「助かった!」

  ユーリーが走り出していく。

ユーリー(N)「洞窟内は一部屋の半分以下の大きさだったが、私一人だけなら、十分な広さだ」

慎一郎(23)「誰だ!?」
ユーリー「くっ!」

  ユーリーと慎一郎が同時に銃を構える。

ユーリー(N)「洞窟内には、既に人がいた。聞きなれない言葉。黒い髪に瞳。……日本兵だろう。わき腹を抑えているところを見ると、どうやら撃たれているようだ」

ユーリー「ここで争ってる場合じゃない。一時、休戦しよう」
慎一郎「なんだ? 何を言ってる?」

ユーリー(N)「当然と言えば当然。あちらには、こっちの言葉は通じていないようだ。かと言って、私も日本人の言葉を話すことはできない。ここは、行動で示すしかない」

  ユーリーが銃を降ろす。

慎一郎「なぜ、銃を降ろす?」
ユーリー「悪いが、疲れているんだ。座らせてもらう」

  ユーリーが座る。

慎一郎「なるほど。戦う意思がないということか。確かにそんなことをしている場合ではないな。お互いに」

ユーリー(N)「私の意思を理解してくれたのか、その日本人は銃を降ろした」

  ユーリーの過去終わり。

達也「そこで、ユーリーさんはじいちゃんと出会ったのか……って、もうこんな時間!」
レーラ「少し、疲れた」
達也「そろそろ寝よう。明日、連れていきたいところがあるんだ」

達也(N)「気づいたら、外が明るくなっていた。明日のことを考えると、もう寝ておかないと。さすがに今日は疲れたせいか、体が重い。レーラさんも同様に、フラフラとした足取りで部屋へと向かったのだった」

  電車内。
  電車が揺れる音が響く。

達也「へえ……。十歳の頃から日本に留学してたんだ」
レーラ「祖父が死んで、その遺品から手記を見つけたのが七歳の時だった。すぐに日本に行って、祖父の言う日本人を探したかったんだけど……。日本語勉強するのと、親を説得するのに三年もかかった」
達也「すごい、行動力だね」
レーラ「基本的な料理の手ほどきは、祖父にしてもらった。……でも、あのボルシチのレシピだけは教えて貰えてくれなかった。まだ、レーラには早いって」
達也「俺と同じだね。……まあ、俺の場合は料理の手ほどきすら、教えて貰えなかったんだけど」
レーラ「私だって、基礎的なことだけ。でも、祖父の魂っていうか……情熱は、幼い頃でも感じてた」
達也「俺のじいちゃんも一緒だな。すごく優しくて、いつも俺の味方になってくれて……。でも、料理に対しては、誰よりも厳しくて、真っ直ぐだった」
レーラ「会ってみたかった」
達也「俺も……ちゃんと料理について、話したかったよ」
レーラ「でも、今は後悔することよりも、やることがある」
達也「うん……」
アナウンス「築地。築地。降り口は……」
達也「着いた。行こう」

  早朝の築地。
  大勢の人で賑わっている。

レーラ「すごい人」
達也「朝の築地は市場としても有名だからね。ここなら普段見ないような食材を見つけることができるかもしれない」
レーラ「でも、あのボルシチは普通の材料しか使ってない……」
達也「もしかしたら、隠し味に何かを入れてあったのかもしれない」
レーラ「……隠し味。なるほど」
達也「とりあえず、その辺を回ってみよう」

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