【オリジナルドラマシナリオ】受け継がれる魂④

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達也(N)「海幸橋門や市場橋門、正門を回ってみる。隠し味となりそうなカツオ節はもちろん、貝類やマグロのノーテンなんていうのも買い込む。お昼になり、朝ごはんも食べていなかったこともあって、休憩も兼ねて近くにお店に入ることにした」

  ドアが開き、達也とレーラがお店に入る。
  店の女将さん(43)が声を掛ける。

女将「いらっしゃい。空いてる席に座って」

  達也とレーラが席に座る。

達也「えーと、何にしようかな……」
レーラ「達也。メニューがない」
達也「壁に貼ってあるのがメニューだよ」
レーラ「すごい。便利。メニューをたくさん用意しなくていい」
達也「あと、よくメニューが替わる店なんかはこういう形が多いよ」
レーラ「考えられてる」

  女将が水を持ってやってくる。

女将「あら、お兄さん。綺麗な外国人の女の子連れてるのかい。彼女?」
達也「あー、いえ、その……」
レーラ「彼女です」
達也「え?」
女将「(にっこり笑って)ゆっくりしていってね。後で注文取りに来るから」

  女将が行ってしまう。

達也「えっと……レーラさん?」
レーラ「達也。私、女に見えない?」
達也「え? いや、そんなことないけど」
レーラ「女かどうか聞かれたの、初めて」
達也「ああー。彼女ってそういう意味じゃなくて……」
レーラ「ん? どういう意味?」
達也「……それより、何を食べるか決めよう」
レーラ「うん」

達也(N)「築地のお店ということもあり、魚介類のメニューが多い。俺は刺身定職にし、レーラさんはフライ定食を頼んだ」

女将「はい。お待ちどうさま」

  女将が料理をテーブルに置いた後、行ってしまう。

達也「それじゃ、食べよう。いただきます」
レーラ「達也、これなに?」
達也「ん? ああ、付け合わせの冷ややっこだよ」
レーラ「ひや……?」
達也「豆腐だよ。食べたことない?」
レーラ「トウフ……」
達也「苦手なら残したら?」
レーラ「食べてみる。これも勉強」

  レーラが豆腐を食べようとする。

レーラ「……崩れる。食べられない」
達也「箸で豆腐を食べるのは難易度が高いと思うよ。スプーンを使ったら?」
レーラ「そうする」

  レーラが豆腐を食べる。

レーラ「味がしない……?」
達也「淡白な味だからね。普通は醤油をつけて食べるんだよ」
レーラ「……醤油」
達也「醤油は知ってるよね?」
レーラ「うん。日本料理では基本の調味料」
達也「確かに、醤油って汎用性が高いよね」

達也(N)「その日は全く収穫を得ることができなかった。そんな中、時間は無情にも過ぎていく。一応、築地で買った食材をボルシチに混ぜてみたが、合うものを見つけることはできない。隠し味となりそうな醤油、みりん、昆布、ソース、生姜、バター、にんにく、果てはチョコやジャムなど考えられるもの全てを試してみたが、結果は同じだった」

  調理場。
  レーラがテーブルに両手をつく。

レーラ「ダメ。うまくいかない……」
達也「レーラさん。今日はもう休んだ方がいいよ」
レーラ「でも、時間がない」
達也「集中力が無くなった状態で続けても、良い料理ができるとは思えないよ」
レーラ「……わかった」

  レーラが調理場から出ていく。

達也「俺は、もう少しだけやってみよう。今まで試した中で一番近かったのは味噌か」

  達也がまな板で野菜を切る。

達也(N)「味噌にも種類がある。白や赤、合わせ。麦味噌なんていうのもある。とにかく、思いつくもの全てを試してみた。考えてみれば、ここまで料理に打ち込んだのなんて初めてかもしれない。というより、今まで俺は料理に向き合っていなかったのかもしれない。じいちゃんが俺に料理を教えてくれなかった理由。……今なら少しだけ、その気持ちがわかるような気がする」

  図書館。
  達也とレーラがページをめくっている。

レーラ「達也。これ、なんて読むの?」
達也「レーラさん、図書館では、静かにね。……えーっと、それは雑炊。おかゆ……いや、リゾットって言った方が近いかな」
レーラ「米をペースト状にまで煮込む?」
達也「これは戦時中だから、少しの食材で多く食べるための工夫じゃないかな。今は、そこまで煮込むことはないよ」
レーラ「ペースト……」
達也「どうかしたの?」
レーラ「ボルシチの材料。具として入っていたものは普通だったけど、他の食材をペーストして入れてたのかも」
達也「つまり、裏ごしするってこと? ……確かに、その可能性も高いね」
レーラ「そうだとしたら、組み合わせは広がる。絞り切れない……」
達也「……とにかく、戦時中で、手に入りそうな食材を片っ端から試すしかないね」
レーラ「……」

達也(N)「図書館から、戦時中の食品について書かれている本を借り、その材料を裏ごしして、ボルシチに混ぜてみる。……だが」

達也「うっ……。まずい」
レーラ「ひどい味……」
達也「つ、次、試してみようよ」
レーラ「……いや」
達也「え?」

  レーラが調理道具をテーブルから払い落とす。

レーラ「もう、嫌! ……私には、無理なんだ。もう、間に合わない……」
達也「レーラさん」
レーラ「……ヂェドゥ(おじいちゃん)。どうして、私に教えてくれなかったの?」
達也「……」
レーラ「私には……資格がないんだ……」
達也「……そんなことない」
レーラ「……達也?」
達也「確かに、俺はじいちゃんに料理を教えて貰えなかった。それは料理に向き合ってなかったからだ。……でも、レーラさんは違う。こんなにも真剣に、一生懸命向き合ってる。資格がないなんてことはないよ」
レーラ「……でも」
達也「諦めないでやろう。まだ、三日残ってる。きっと、見つけられるよ」
レーラ「……達也。ありがとう」

達也(N)「気力を振り絞るように、俺とレーラさんは、ボルシチを作り続けた。だけど、全く進展はなく、ただ、時間だけが悪戯に過ぎていくだけだった」

達也「もう、レーラさんのおじいさんの手記が最後の望みだね……」
レーラ「私、何度も読んだけど、ヒントなんてなかった……」
達也「俺なら何か気づけるかもしれない。だから、お願いできないかな?」

レーラ「わかった……」

  レーラがペラペラと手記をめくる。

レーラ「その後、日本人の男と多少の……」

  以下、ユーリーの過去。

ユーリー(N)「多少のコンタクトを取り、名前はシンイチロウということと、持ち物や手を見ることで、私と同じ、料理人ということが分かった」

慎一郎「なぜ出ていかない? 外は晴れたぞ」
ユーリー「……」
慎一郎「で、て、い、け!」
ユーリー「怪我をしてるだろう」
慎一郎「ん? なんだ? ……ああ、怪我のことか。大したことない」
ユーリー「動けないんだろ? それに、数日、何も食べていない。回復するどころか、死ぬぞ」
慎一郎「何を言ってるのかわからんが、心配はいらない」
ユーリー「少し、待ってろ。何か、食べるものを用意してくる」

  ユーリーが立ち上がり、荷物を持って歩き出す。

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