【声劇台本】エモーション・メロディ

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■概要
人数:5人以上
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
響(ひびき)
奏 詩緒(かなで しお)
母親
その他

■台本

ピアノを曲が流れる。

響(N)「母さんのピアノは聞く人の感情を変えてきた。母さんのピアノを聞いた人は、感情のメロディが感動へと変わっていく。俺はそんな母さんのピアノが好きだった。いつか、母さんのように自分のピアノでみんなの心のメロディを感動へと変えたいと思っていた」

母親「いい? 響。音楽は楽しむものよ。精全力で楽しみなさい」

響(N)「何度、母さんに聞いてもその言葉しか返って来なかった。どうしたら、母さんのようなピアノの旋律を奏でられるかが知りたいのに。結局、母さんは俺に何一つ教えてくれずに、この世を去ってしまった」

場面転換。

響がピアノを弾いている。

ピアノの美しい演奏。

曲が終わると同時に拍手が沸き起こる。

教師「さすが、響くん。素敵な演奏だったわね」

心地よい、軽やかなピアノの音。

女生徒「すっごく感動した」

静かでゆっとりとしたピアノの音。

男子生徒1「けっ! くだらねえ」

低い、不協和音が響く。

響「……」

響(N)「俺には人の心が、メロディとして聞こえるという変わった能力がある。つまり、相手がどんな感情を抱いているかがわかるという能力だ。今、俺が音楽室でピアノを弾く前と後で、心のメロディが変わった人間はいない。楽しみにしていた人は満足し、感動したい人は感動し、興味ない人は不満のまま。……つまり、俺のピアノでは人の感情は動かなかった。どんなに必死に練習しても、俺は……母さんのようにピアノを弾くことはできない……」

場面転換。

教室内。昼休み。

学校内放送。

放送部員「お昼の学校放送の時間です。今日は日頃、ストレスが溜まっている皆さんのために、癒しの音楽をお届けしたいと思います」

静かでゆったりとした音楽が流れる。

響「……」

そこら中から、様々な心の音楽が響いてくる。

響(N)「今流れているのは、放送部に頼まれて、録音した俺のピアノの演奏。癒されたい生徒は、曲を聞いて癒された気分になっている。興味のない生徒はそもそも音楽を聞いていない。なんとなく聞いている生徒は、やっぱり何となくで聞いているので感情は動かない。やっぱり、俺の音楽では人の感情を変えることはできないんだ……」

場面転換。

放課後の教室。

男子生徒2「ふざけんな! 俺がどれだけ大切にしてたか、わかってんのかよ!」

男子生徒3「んな大事なもんなら、学校に持ってくんなよ!」

激しい不協和音が響き渡っている。

響「……」

響(N)「お互い、完全に怒っている音だ。これは誰が止めたところで、納まらない。時間でしか解決できないだろう」

そのとき、綺麗な歌声が廊下から聞こえてくる。

男子生徒2「え?」

男子生徒3「おっ?」

響「……」

不協和音がピタリと止まる。

男子生徒3「今の、誰の歌だ?」

男子生徒2「わかんね」

男子生徒たちがドアを開けて、廊下に出る。

そこに歩いている奏詩緒がいる。

男子生徒2「なあ、奏。今、廊下で歌、歌ってたやつがいたと思うんだけど、知らない?」

詩緒「……知らない」

男子生徒3「そっか。でも、まだ近くに行くかもしれないから、探そうぜ」

男子生徒2「そうだな」

男子生徒たちが走って行ってしまう。

詩緒「……」

響「さっきの歌、奏だろ?」

詩緒「え? ち、違うよ……」

響「ちょっと来てくれ。話がある」

響が詩緒の手を取り、歩き出す。

場面転換。

詩緒「……話ってなに?」

響「奏。どうやったんだ?」

詩緒「え? なにが?」

響「お前の歌で感情が変わったんだ。あの二人、喧嘩してたのに、怒りの感情が、お前の歌を聞いて一瞬で消えたんだ」

詩緒「怒りの感情?」

響「教えてくれ! どうやったら、人の感情を変えることができるんだ? 歌うとき、何を意識している? やっぱり、想いを乗せるのか?」

詩緒「……ごめんなさい。何を言ってるのか……」

響「あ……。そ、そうだよな。ごめん。急に変なこと言って。忘れてくれ」

詩緒「よくわからないけど……。響くんはピアノを弾く時、聞く人の感情を変えたいと思って弾いてるの?」

響「え? ああ。そうだな。だけど、一度も変えられたことはない。だから、俺は音楽では人の感情は変えられないんじゃないかって思ってる」

詩緒「……凄いね。そこまで考えてるんだ」

響「お前は……違うのか?」

詩緒「うん……。実はね。聞かれたくない」

響「……は?」

詩緒「歌ってるところ、聞かれるの、恥ずかしいんだ、私」

響「いやいや、嘘だろ? じゃあ、なんでさっき、歌ってたんだよ?」

詩緒「……誰もいないと思ってたから。油断してた」

響「……聞かせるための歌じゃなかったってことか?」

詩緒「うん。そうだよ」

響「……聞いてくれる人がいないのに、どうして歌うんだ? ……歌えるんだ?」

詩緒「……歌いたいから」

響「え?」

詩緒「ただ、私が歌いたいって思ったから、歌ったの」

響「……」

詩緒「変……かな?」

響「ぷっ! あはははははは!」

詩緒「響くん?」

響「歌いたいから歌う。……確かに、これ以上の目的はないよな」

詩緒「……?」

響「すまん。ちょっと、うるさくするぞ」

詩緒「え?」

響が歩いて、ピアノの前に座る。

そして、おもむろにピアノを弾き始める。

詩緒「響くん?」

響「今、無性にピアノが弾きたくなったんだ」

詩緒「……そっか」

詩緒がピアノの曲に合わせて歌い始める。

響(N)「心の音楽なんて聞かなくたって、響の歌いたいって気持ちが伝わって来る。さっきまで、奏は歌いたいなんて気持ちはなかった。俺のピアノを聞いて、歌いたくなったということだ。……音楽を楽しめ、か。母さんは俺に、ずっと一番大切なことを教えてくれていたんだ」

終わり。

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