【声劇台本】守りたかった人
- 2021.05.13
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:4人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
卓弥(たくや)
美乃利(みのり)
剛三(ごうぞう)
医師
■台本
卓弥「美乃利……美乃利……」
場面転換。
卓弥「あいつにはさ、大切な人がいたんだよ。それこそ、自分の命よりも、さ。妹の美乃利っていうんだけどさ。いつもお兄ちゃんにピッタリくっついてたらしいぜ。そんな妹を、あいつは絶対に守るって決めてたらしいんだ」
場面転換。
剛三「おらあ! 卓弥!」
美乃利「ひっ!」
卓弥「(小声で)大丈夫だ、美乃利。お兄ちゃんの後ろに隠れてて」
剛三「酒がねえぞ! 買ってこい!」
卓弥「む、無理だよ。僕じゃ、お店の人が売ってくれない」
剛三「ああ? じゃあ、自販機で買ってこい。それなら、お前でも買えるだろ」
卓弥「……今の自動販売機って、お酒があるのが少ないんだ」
剛三「うるせえ! いいから行けって言ってんだよ!」
美乃利「うう、お兄ちゃん……」
卓弥「(小声で)……美乃利。心配するな。お兄ちゃんが……」
バンと剛三が卓弥を殴り、卓弥が吹き飛ぶ。
美乃利「お兄ちゃん!」
剛三「早く行けって言ってんだよ! 買ってくるまで、家に入れねえからな」
卓弥「……」
剛三「なんだよ、その生意気な目は? ああ? 文句あるのか?」
卓弥「そんなにお酒が飲みたいなら、自分で買ってくればいいじゃないか」
剛三「ああ!? お前、随分と生意気なこと言うようになったな! お前も美乃利のようになりてえか?」
卓弥「っ!」
美乃利「待って! 美乃利が……美乃利が行きます……。だから、お兄ちゃんを殴らないで……」
卓弥「……僕が行って来るよ」
剛三「ふん。最初から素直にそう言えよ」
場面転換。
夜道を歩く、卓弥と美乃利。
卓弥「美乃利は家で待ってればいいのに」
美乃利「家にいる方が嫌。お兄ちゃんと一緒の方がいい」
卓弥「そっか……。ごめんな、こんな情けないお兄ちゃんで」
美乃利「ううん。美乃利、お兄ちゃんがいてくれて幸せだよ」
卓弥「美乃利……」
美乃利「美乃利、早く大人になりたいなぁ」
卓弥「え?」
美乃利「そしたら、今度は美乃利が、お父さんからお兄ちゃんを守ってあげるのに」
卓弥「あはは。ありがとな。でも、守るのはお兄ちゃんの役目だよ」
美乃利「でも、お兄ちゃん、美乃利のせいでたくさんお父さんに殴られてる……」
卓弥「いいんだよ、このくらい。全然、平気だ」
美乃利「ねえ、お兄ちゃん。大人になったら、美乃利たち……幸せになれるかな?」
卓弥「……ああ。なれるさ。……なれる。大人になったらさ、すぐにあの家から出よう」
美乃利「家から出る?」
卓弥「ああ。大人になったら、お兄ちゃんが働くから、あの家を出て、違うところで一緒に暮らそう」
美乃利「そのときは、美乃利も働く!」
卓弥「ははは。そうだな。でも、美乃利はちゃんと大学まで通ってほしいかな」
美乃利「ええー。大学ってお金いっぱいかかるって聞いたよ! それに美乃利、勉強嫌いだから、お仕事する方がいい」
卓弥「あのな、美乃利。お兄ちゃんは美乃利に幸せになって欲しいんだ。そのためには、ちゃんと学校に行って、美乃利がやりたい仕事を見つけて、好きな人を見つけて、結婚して……幸せになってほしいんだ」
美乃利「んー。でも、美乃利、もう好きな人は見つけてるよ?」
卓弥「え? そうなのか?」
美乃利「お兄ちゃん! それに、お兄ちゃんと一緒なら、今も幸せだよ!」
卓弥「……美乃利」
場面転換。
剛三「おう、卓弥」
美乃利「ひっ!」
剛三「ここに行って、男から封筒を受け取ってこい」
卓弥「……封筒って、お金でしょ? それも、悪いことして貰えるお金ってことだよね?」
剛三「ああ? お前には関係ねえよ。いいから、さっさと行け」
美乃利「お兄ちゃん……」
卓弥「嫌だ! 僕は……もう、犯罪はしたくない」
剛三「たーくーやー」
美乃利「うう……」
剛三「お前、本当に生意気になったな。昔はなんでも言うこと聞いてたのによぉ」
卓弥「……僕はもう、後悔したくないんだ」
剛三「後悔……ね」
ボコと卓弥を殴る剛三。
卓弥が殴られて吹っ飛ぶ。
美乃利「お兄ちゃん!」
剛三「どうだ? 卓弥、痛いだろ? 俺に逆らって後悔しただろ?」
卓弥「……」
剛三「これ以上、後悔しないように、さっさと行け」
卓弥「嫌だ。僕は……」
剛三「はー。面倒くせえ。またかよ。やっぱ、お前、いらねえわ。美乃利みたく、売ろうか? 今度は俺に、ちゃんと金を受け取らせてくれよ?」
卓弥「うわあああああ! お前が! お前のせいで! この、最低野郎!」
剛三「……わかった。もういいや。役に立たないなら、いらねえ」
ボコっと卓弥を殴る剛三。
美乃利「止めて!」
剛三「おら! おら! おら! おら!」
ボコっと卓弥を殴る剛三。
美乃利「お兄ちゃん! お兄ちゃん! うわーん!」
卓弥「う、うう……。や、やめて。行く、行きますから……」
剛三「ふん。最初から素直にそう言えばいいんだよ。そうすりゃ、美乃利のやつもあんなことにならなくて済んだんだ」
卓弥「っ!」
美乃利「止めて! 止めて! お父さん!」
剛三「うるさかったよなぁ。止めて、止めてってよお!」
美乃利「お兄ちゃんを殴らないで!」
剛三「お前が駄々をこねるから、お仕置きしてたらよぉ……」
美乃利「止めてぇ!」
剛三「邪魔してくるもんだから、つい、カッとなっちまったなぁ。あーあ、勿体ないことしちまったよな」
卓弥「……あのとき、僕は美乃利を守れなかった……。でも、今度は助けてみせる」
剛三「ああ?」
卓弥が包丁を握る。
剛三「お? なんだ? 包丁なんて持って。させるもんなら刺してみろよ!」
美乃利「……お兄ちゃん」
卓弥「うわああああああ!」
ドスっと卓弥が剛三を刺す。
剛三「が……。お前……」
ドサッと剛三が倒れる。
卓弥「はあ、はあ、はあ……。最初から、こうすればよかったんだ。……美乃利。これで、もう安心だ。……あれ? 美乃利? 美乃利? 美乃利―! うわあああああ!」
場面転換。
医師「解離性同一性障害。いわゆる、多重人格障害というやつですね。卓弥くんの珍しいところは、自分の人格の中に、亡くなった妹の人格を作ってしまったことです。目の前で妹が亡くなったのを見たことが、かなりショックだったんでしょう。その死を受け入れられず、自分の中に妹の人格を作ってしまったようです。まあ、この場合は人格というより、幻覚に近い感じですがね。今回、父親を刺したことで、最大のストレスの原因が消えた半面、人を刺したという強大なストレスを受けたことで脳が混乱したのでしょう。自分の中の妹の人格が消えてしまったようです。……今ですか? 新たな人格が形成され、一日のほとんどの時間はその人格の状態です。ただ、一日の数時間、卓弥くんが出てくるのですが、ずっと妹さんの名前をつぶやくだけです。心の傷は癒すのに時間がかかります。……いや、癒えることはないかもしれません。ですが、諦めず、治療していくつもりです」
終わり。
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