【声劇台本】思い出の味

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■概要
主要人数:3人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代

■キャスト

真由美
その他

■台本

咲(N)「母は私を女手一つで育ててくれた。小さい頃から、他の子たちとは違って、うちはビンボーだということは私自身納得していたし、そのことについて、母を恨もうなどと間の抜けた考えもしなかった。私にとっては、母が一緒にいてくれるだけで満足だったのだ。大体、私を育てる為に一生懸命働いてくれていた母には感謝以外の感情は湧かなかった。確かに、食卓にはあまり物が出されることが多く、同じメニューが一週間続くことも珍しくなかった。それでも母は、料理には工夫してくれたし、味も美味しかった。その母の影響か、私は料理研究家の道に進むことになったのだが、そのことに関しても母に感謝している。今では、母が作ってくれた料理を再現することができる。……だが、一つだけ再現できないものがある。それは……アイスクリームだ。粘り気の強いアイス。長年、それだけは作れないでいる」

真由美「はい、オッケーです。お疲れ様でした」

ディレクター「咲さん、お疲れ様でした」

咲「お疲れ様でした」

ディレクター「それでは、明日も同じ時間によろしくお願いいたします」

咲「わかりました。明日は麻婆豆腐を紹介したいので、この材料を用意しておいてもらえますか?」

ディレクター「わかりました。……それにしても、毎日来てもらってすみません。本当は撮り貯めしたいところなんですが……」

咲「いいんですよ。それに、視聴者とお話しするの、楽しいですよ」

ディレクター「そう言って貰えて助かります。でも、毎回、視聴者の質問に答えながら、その場でアレンジするというのが受けてましてね。結構、いい数字、出てるんですよね」

咲「そのせいで、大量の調味料も用意してもらわないといけないのは、心苦しいです」

ディレクター「いやいや。そんなことで視聴率が取れるなら、ドンドン、どんなものでも調達してきますよ」

咲「ふふふ。期待してますね。それじゃ、お先に失礼いたします」

ディレクター「お疲れ様です」

  場面転換。

  咲が町中を歩いている。

  そこに真由美が走ってくる。

真由美「咲さーん!」

咲「あら、真由美ちゃん。随分と早いわね」

真由美「ええ。他のスタッフさんが今日はもう上がっていいって言ってくれて」

咲「そうなの。確かに真由美ちゃんは働き過ぎよ。少し休まなっくっちゃ」

真由美「いえいえ。まだまだペーぺーのADですから。働きバチのごとく働かないと」

咲「体壊したら、元も子もないわよ」

真由美「そのときは咲さんに栄養たっぷりの料理を作ってもらいますので、大丈夫です」

咲「ふふふ。それじゃ、今度、元気の出るもの作ってあげるわ」

真由美「期待してます! ……って、そうだ。大事なこと、忘れてた」

咲「どうしたの?」

真由美「この先に、評判のお店があるんですよ。確か、咲さん、アイスクリーム好きでしたよね?」

咲「そうねぇ。大体のお店のアイスは食べ歩いたかしらね」

真由美「ルクープってお店なんですけど、知ってますか?」

咲「ルクープ、ルクープ……。うーん。そこはまだ行ったことないかな」

真由美「それじゃ、行ってみましょうよ」

咲「そうね。でも、私、結構、アイスにはうるさいわよ?」

真由美「うっ! プレッシャー……。でも、きっと大丈夫です。本当に美味しいんですから」

  場面転換。

店員「いらっしゃいませー。何にしますか?」

真由美「私はチョコミントで。咲さんは?」

咲「私はバニラで」

店員「承知しました」

真由美「咲さんって、変わった味は試さない派ですか? このお店、種類が豊富だから、初めての人は大抵、迷うんですけど」

咲「私は初めてくるお店の場合、食べるのはバニラって決めてるから」

真由美「へえー、そうなんですか」

店員「お待たせしました。チョコミントとバニラです」

  場面転換。

真由美「うん。美味しい。咲さん、どうですか?」

咲「……うん。そうね。美味しいわ」

真由美「……うーん。その反応はダメっぽいですけど」

咲「ううん。ごめんなさい。そうじゃないの。美味しいわ、とっても」

咲(N)「母が作ってくれたアイスクリーム。あの味が忘れられなくて、色々なお店を食べ歩いてみたが、似ている味のものがない」

真由美「へー。お母さんが作ってくれたアイスクリームですか」

咲「そうなのよ。それだけは再現できなくてね。あーあ。こんなことなら、お母さんに作り方聞いておくんだった」

真由美「咲さんのお母さんって、確か三年前……でしたよね?」

咲「若い頃の無理が祟ったんだと思うわ。考えてみたら、お母さんには迷惑ばかりかけてたなぁ」

真由美「でも今はテレビにも出てる有名な料理研究家じゃないですか。お母さんも天国で、きっと喜んでると思いますよ」

咲「そうねぇ。でも、やっぱり直接恩返ししたかったわ。親孝行したいときに、親は無しって言ったものだわ」

真由美「そういえば咲さん。お母さんが作ったアイスを再現する為に、色々なお店を回ってるって言ってましたけど、それだと逆に難しいんじゃないですかね」

咲「どういうこと?」

真由美「ほら、お店って良い物を出すために、こだわりの材料だったり、高価なものを揃えると思うんですよね」

咲「そうね」

真由美「でも、咲さんのお母さんって、ある材料を工夫して使ってたんですよね?」

咲「あ、そっか」

真由美「はい。きっと、咲さんのお母さんはお店では置いてないような、でも、家庭にはあるもので作ってたんじゃないですかね?」

咲「……確かに、盲点だったわ」

咲(N)「真由美ちゃんの助言を受けて、試しに家にあるもので作ってみたが、やっぱり駄目だった。単に普通の味になってしまう。……母は一体、どうやって作っていたのか」

  場面転換。

タレント「はい、今日もワクワククッキングの時間がやってまいりました。それでは咲さん、今日の料理はなんでしょう?」

咲「今日は麻婆豆腐です」

タレント「なるほど、麻婆豆腐ですか。それでは視聴者の皆さん、受付を開始しますのでどんなアレンジを希望するか、電話くださいね」

咲「この時間は毎回、ドキドキしますね」

タレント「あ、繋がったみたいですね。もしもし、聞こえますか?」

女の声「はい! 聞こえます」

タレント「それでは、咲さんにどんなアレンジを加えてほしいですか?」

女の声「そうですね……。実はうちの息子、辛い物が苦手なんです。それで……甘いのをお願いできませんか?」

タレント「おおっと! 麻婆豆腐を甘く! これは麻婆豆腐自体を否定するみたいなものじゃないですかね?」

咲「ふふふ。すごい無茶振りですけど、やってみますね」

タレント「甘くっていうのを希望されてましたが、どのくらい甘いのがいいですか?」

女の声「甘党なので、かなり甘くしてもらえると嬉しいです。なんて言うか、お菓子くらい」

タレント「それなら、いっそ、お菓子食べればいいんじゃないですかね?」

咲「ふふふ。まあ、たまにはこんな料理もいいんじゃないですか」

タレント「一旦、材料はこちらのテロップのものを使います。ここから咲さんにアレンジしてもらいますね」

女の声「あ、すみません。うち、片栗粉切らしてるんです」

タレント「ええー、買ってくださいよぉ」

女の声「とろみをつけるなら、水飴とかじゃだめでしょうか?」

タレント「斬新過ぎます!」

咲「水飴ですか。私の母が好きだったんですよ。料理に使うのは久しぶりですね」

タレント「……食べられるものにしてくださいね?」

咲「他に入れたいものとかありますか?」

女の声「あー、えっと。練乳とか余ってるんですけど、使えないでしょうか?」

タレント「うーん。もうそれは、麻婆豆腐とは違うものになるのでは……」

咲「いいじゃないですか。私、練乳、すごく好きでしたよ。でも、最近はなかなか食べる機会が……あっ!」

タレント「どうされました?」

咲「い、いえ、なんでもありません。さあ、じゃあ、さっそく作ってみましょう!」

咲(N)「その日の放送は散々な結果になってしまった。当然ながらとても食べれるようなものには仕上がらなかった。番組にも多少苦情が寄せられたそうだが、面白いという意見の方が多かったらしい」

咲「よし、それじゃ、さっそく作ってみるわ」

咲(N)「家に帰って、私はさっそくある材料で試すことにした。そう。私が昔大好きだった練乳。そして、母が好きだった水飴。それに卵を加えて味を調えて……」

咲「できた!」

咲(N)「そこには母が作ってくれたアイスクリームができていた。材料は安いものばかりだが、愛情と工夫がたっぷり入ったアイスクリーム」

咲「うん。美味しい!」

咲(N)「思い出の味は色あせることなく、輝いていた」

終わり

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