【声劇台本】猫

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■概要
人数:4人
時間:15分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
健吾(けんご)
吉澤(よしざわ)
香田 茜(こうだ あかね)
根津 好美(ねず このみ)

■台本

健吾が資料のページをめくる。

健吾「……」

そこに吉澤がコーヒーを飲みながらやって来る。

吉澤「おう、朝からやる気出してるな、健吾。今日の取り調べの被疑者の資料か?」

健吾「吉さん、これ何かおかしいっすよ」

吉澤「何がだ?」

健吾「これ、状況的に見て、正当防衛っす」

吉澤「何言ってる? 被疑者の香田茜は自供してるんだろ?」

健吾「だからおかしいんっすよ。被害者の根津好美の殺人予告書、凶器のナイフ、犯行現場の状況。これだけ揃っていれば、正当防衛にできます」

吉澤「なのに香田茜は殺人だと自供している……」

健吾「はい」

吉澤「目撃者は?」

健吾「いません。密室です」

吉澤「……」

健吾「あと、一番変なのが、正当防衛である証拠を全部、被害者の根津好美の方が用意してるんす。凶器も根津が用意したものですし、犯行現場にも根津の方が呼び出してます。なによりおかしいのが、この殺人予告書です」

吉澤「明確な殺意を持って、茜を殺すために呼び出した。……か」

健吾「誰に出すわけでも見せるわけでもなく、ただ、カバンに入ってたんすよね」

吉澤「……取り調べ、始めるぞ」

健吾「はいっす」

吉澤「あー、言っておくが健吾。香田茜がどんなことを話しても、感情移入するなよ。俺たちの仕事は真実を追うことだ。それだけに専念しろ」

健吾「……了解っす」

場面転換。

健吾「それでは、香田茜さん。取り調べを行います。……が、最初に確認させてください。……本当に殺人なんですか?」

吉澤「健吾ぉ……」

健吾「吉さんは黙っててくださいっす。で、どうなんですか?」

茜「……はい。好美は、私が殺意を持って殺しました」

健吾「状況的には正当防衛が認められます。つまり、あなたの証言次第です。もう一度聞きます。本当に殺人なんですか?」

吉澤「健吾」

健吾「どうなんですか?」

茜「好美は、私の方が殺意を持って殺しました。間違いありません」

健吾「……わかりました。ですが、全てを教えてくれませんか? なぜあなたが根津好美を殺害するに至ったか」

茜「……茜。あの子は……猫のような子でした」

茜の回想。

茜と好美が小学生の頃。

好美「こんなところで何してるの? みんなと遊ばないの?」

茜「私、体が弱いから……」

好美「ふーん。じゃあ、あたしとお話しよ?」

茜「え?」

好美「あたし、根津好美! よろしくね!」

回想終わり。

茜「好美とは妙に気が合って、それからは毎日のように遊ぶようになり、中学、高校と同じ学校に進学しました」

茜の回想。

茜と好美が高校生の頃。

好美「ふにゃー! 茜ちーん! フラれちったー」

茜「ええ? また? 今度は何が原因?」

好美「二股かけられてたんだー! 許せねぇ」

茜「そんな男とはさっさと別れて正解だよ。また、新しい人、探そ。ね?」

好美「うにゃー! そんな簡単に言わないでー! 今回のは本気だったのにぃ」

茜「それ、前の人の時も言ってたよ?」

好美「え? そう? ……あーあ。なんだか、もう男はいいかなー。裏切られるし。もう、茜ちんにする。愛情より友情。恋人より親友。ってことで、茜ちん、将来はあたしと結婚して―」

茜「はいはい。でも、それだと友情じゃなくて愛情になっちゃうよ?」

好美「え? そう? んー。まあ、いいんじゃない? にゃはは」

回想終わり。

茜「一緒の短大を出て、お互いが就職しても、私達の関係は続いていました」

茜の回想。

茜「あのね、好美。私……その、好きな人、できちゃった」

好美「にゃにゃにゃんとー! マジで?」

茜「う、うん。今、付き合ってて、結婚の話も出てるんだ」

好美「うおおおお! おめでとう! いやーそっかー。茜ちんはあたしと結婚してくれるもんだと思ってたんだけどなー」

茜「ええ? 学生の頃の話、ここで持ってくる? っていうか、よく覚えてたね、そのこと」

好美「だーって、本気だったんだもーん。それはそうと茜ちん。友情より愛情を取ったわけですが、今後、友情の方はどうなるのでしょうか?」

茜「もちろん、続くよ。私たちはずーっと親友だよ」

好美「ですよねー! にゃはははは」

回想終わり。

茜「でも、あるときその関係に陰りが見え始めました」

茜の回想。

茜「ちょっと! 好美! どういうこと?」

好美「なにが?」

茜「義彦(よしひこ)さんは、私の婚約者よ」

好美「今は違うよ。あたしの彼氏」

茜「どうして? なんで、こんなことするの?」

好美「なんでって……好きになっちゃったから?」

茜「ふざけないで!」

好美「あのさぁ、あいつ自身があんたじゃなくて、あたしを選んだの! わかる? あんたが勝手にフラれたの。それをあたしのせいにされてもねー」

茜「私……本気だったの。初めて人を好きになって……義彦さんとなら幸せになれるって……」

好美「すぐにフラッと女を乗り換えるような男は早めに別れて正解だって。早く新しいの見つけなよ」

茜「冗談じゃないわ! 返してよ! あんたが取ったのよ! 返して! 私の義彦さんを返して!」

好美「そうだよ。あたしが取ったの」

茜「え?」

好美「あんたの大切な人をあたしが奪ったの!」

茜「どうして、こんなこと……」

好美「あんたが幸せになるなんて許せない。ただ、それだけ」

茜「どうして……どうしてよ? なんでなのよー!」

好美「じゃあーねー」

回想終わり。

茜「それから一週間は、何も手が付かなくなりました。自暴自棄になって会社を辞めたとき、好美から連絡が来たんです」

茜の回想。

茜「……え? なに? どういうこと? なんで、義彦さんが死んでるの?」

好美「いやぁ、こいつがあんたと、よりを戻したいなんて言うからさー。殺しちった」

茜「……は?」

好美「でさ、死体、処理すんの手伝ってくんない? 一人じゃ大変でさ」

茜「何言ってんの、あんた」

好美「ねー、いいでしょ? お願い! 親友でしょ?」

茜「ふざけないで! ふざけないでよ!」

好美「あー、ウザいなぁ。やっぱ、あんたも死んどく?」

ビッとナイフで茜の腕を切りつける好美。

茜「あっ!」

好美「こいつと一緒に死ねるなんて本望でしょ? 死ね!」

茜「きゃあっ!」

茜と好美が争い始める。

そして、グサリとナイフが刺さる音。

好美「あ……あう……」

茜「好美? 好美!」

好美「あー。因果おーほーってやつ? 殺そうとしたら、自分にナイフ刺さっちゃった」

茜「あ、ああ……。き、救急車……」

好美「いいの。これで……もう助からないし」

茜「で、でも……」

好美「ねえ、茜ちん。最後にお願いがあるの」

茜「……なに?」

好美「あたしのこと、憎んでね。昔のことなんて忘れて、憎んで」

茜「……何言ってるの?」

好美「あー、なんか、寒っ……」

茜「好美? ねえ、好美! 好美――!」

回想終わり。

茜「そのあとのことはあまり覚えてません。怖くなったのか……それとも私も死のうかと思ったのか……とにかくその場から逃げました。事件から一週間もすると、世間でも注目が集まっていることを知りました。そして、ある記事が目に飛び込んできました」

健吾「義彦は結婚詐欺師だった……」

茜「はい。10人の女性から総額で1億円だまし取っている……。さらにあの人には奥さんと子供が2人いるという記事でした」

健吾「……もしかして、根津は」

茜「はい。好美は知ったんだと思います。あの人が結婚詐欺師だって。だから、私から遠ざけるために奪った……」

健吾「そんなことしなくても、普通に言えばよかったのではないですかね?」

茜「いえ……。おそらくその当時の私は聞く耳を持たなかったと思います。それほど、私はあのとき、義彦さんを愛していた。……もし、結婚詐欺師だと言われても、本人に問いただしたと思います。もし、そこで、全てを捨てて私と一緒になる、なんて言われたらコロッと騙されてたでしょうね。そこまで分かっていたから、好美はああしたんだと思います。私のために……」

健吾「全てはあなたのため……だったんですね。ですが、根津好美はあなたのために、犯行を起こして、さらに自分の死は正当防衛と思わせるための証拠を集めています。そんなまどろっこしいことをしなくても……」

茜「自首するか自殺すればよかった、と」

健吾「え、ええ……。そうです」

茜「そうなっていたら私の心の整理は付かなかったと思います。もし、好美が自殺をしていれば、義彦さんの本性も知らずにずっと義彦さんを愛し続けていたでしょう。仮に結婚詐欺師だとわかっても……それでも、もしかしたら私のことは本気だったんじゃないか、なんて馬鹿なことを考えていたと思います。それは好美が自首しても同じです。好美が出所したら、殺しに行ってたでしょうね。好美が目の前で死ぬくらいの衝撃がないと目を覚まさなかったはずです」

健吾「そこまで、あなたのことを読んでいたと?」

茜「はい。そのことについては自信があります。好美のことはよく知ってますから」

健吾「だとしても、腑に落ちないことがあります。根津好美はあなたのためを思って、正当防衛に見せかけようと……いえ、実際、正当防衛だったんじゃないですか?」

茜「……」

健吾「どうして、親友の意思を裏切って、殺人だと自供したんですか?」

茜「親友だからです」

健吾「え?」

茜「好美は私の親友です。そんな好美が私に殺意を向けるわけないじゃないですか。だから、あれは正当防衛なんかじゃありません」

健吾「……そう、ですか。……わかりました」

場面転換。

ドアを閉める健吾。

健吾「はあ……」

ゴンと頭を殴られる。

健吾「痛っ!」

吉澤「この馬鹿。あれほど被疑者に感情移入するなと言ったのに。俺たちの仕事は真実のみを追うことだ」

健吾「……すいません」

吉澤「さっきの香田茜の証言の裏を取って、書類に起こしておけ。……情状酌量の余地があるとなるかもしれん」

健吾「ええ!? 被疑者に感情移入するなって言ったの吉さんっすよ! しかも、たった今」

吉澤「あほう! 香田茜の証言が真実なら、追うのが俺たちの仕事だろ」

健吾「……え? あっ……」

吉澤「ほら、ボサッとしてないで、さっさと裏を取りに行け!」

健吾「は、はいっす!」

健吾が走り出す。

終わり。

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