【声劇台本】追いつけなかった背中
- 2021.11.09
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、ファンタジー、シリアス
■キャスト
ゼル
店主
イーノ
その他
■台本
ワーッと歓声が上がる。
男「勇者様の凱旋だ!」
子供1「すごーい! あの人が魔王をやっつけたの?」
子供の親「ああ、そうだぞ。あの人は世界で一番強いんだ」
場面転換。
ゴクゴクゴクとエールを飲むゼル。
ゼル「ぷっはー! やっぱ、ここのエールは最高だな。帰ってきたって感じがするぜ」
店主「はっはっは。今や、世界中から憧れられている勇者様とは思えない態度だな。これじゃ、村を出て行ったときの悪童ゼルのままだ」
ゼル「はは。そうだな。魔王を倒すなんて大きなことをやってみたところで、中身なんざ、変わらねえことが旅をしてみてわかったよ」
店主「ほお。まあ、少しは成長して帰ってきたというわけか」
ゼル「おいおい。たった今、俺を悪童っていったばっかりじゃねーか」
店主「自分を悪童だって認める度量を持った。十分な成長だよ」
ゼル「ただ、口が上手くなっただけさ」
店主「十分さ。ほら、おかわりだ」
ゼル「おやっさんの奢りか?」
店主「聞いたぜ。魔王討伐の報奨金、たんまり貰ったんだろ?」
ゼル「……ここは、お祝いだ、今夜は全部、俺の奢りだっていうところだろ」
店主「いやいや。せっかく、勇者様が飲みに来てくれたんだ。たっぷり稼がせてもらうぜ」
ゼル「おやっさんも変わらねーな」
店主「この年じゃな。そうそう変われんさ」
ゼル「……そういや、あいつ、見なかったな。旅にでも出てるのか?」
店主「あいつ?」
ゼル「イーノだよ」
店主「ああ。あいつは――死んだよ」
ゼル「死んだ!? なんで?」
店主「魔物から子供たちを守ってな」
ゼル「……ったく。弱いくせにしゃしゃり出るからだ。あいつらしいな」
店主「……」
ゼル「あーあ。結局、勝ち逃げされちまったか」
そのとき、バンとドアが開く。
子供1「あ、勇者様いたー!」
子供2「勇者様、お話聞かせてー」
子供3「勇者様、この村に住んでたってホント?」
店主「おいおい。勇者様はお疲れだ。話は明日にしな」
子供1「ええー」
ゼル「いや、いいよ。こういうのも勇者の役目だ」
店主「……本当に成長して帰ってきたな」
子供2「ねえ、勇者様。魔王って強かった?」
ゼル「ああ。強かったな。なんせ、魔物たちの王だからな」
子供1「やっぱり、勇者様でも怖かった?」
ゼル「……いや、怖くはなかったな」
子供3「すげー!」
ゼル「……怖くないように、伝説の武器、防具、精霊の護り、神々の加護、それに、死ぬほどの鍛錬をしたからな」
子供1「すごい! 勇者様は世界で一番強いんだね!」
ゼル「……強い、か。確かに、戦闘能力で言えば、俺はおそらく世界で一番強いだろうな」
子供2「おお!」
店主「……」
ゼル「けど、それは本当の強さじゃないんだ」
子供1「え? どういうこと?」
ゼル「本当に強いというのは、恐怖に打ち勝って戦える奴のことだ」
子供2「わかんない」
ゼル「ははは。まあ、そりゃそうか。……実はな。この村には、俺よりも強い奴がいたんだぞ」
子供3「ええええ! 本当? 聞いたことないよ」
ゼル「そいつはイーノって名前でな……」
回想。
ゼルが6歳くらい。
ゼル「おい! イーノ! 遅いぞ」
イーノ「ご、ごめん、ゼルくん」
ゼル「お前は本当にトロ臭いよな」
子供4「荷物持ちくらいしかできないもんな」
子供5「喧嘩も弱いし」
ゼル「村で一番弱いんじゃないか?」
イーノ「ははは……」
ゼル「ちっ! にやけてんじゃねえよ! 少しくらいは言い返せ!」
イーノ「ははは……」
ゼル「もういい、みんな行くぞ……」
魔物「グルルル……」
突然目の前に魔物が現れる。
ゼル「え? な、なんで、こんなところに……」
子供4「うわああ! 魔物だ!」
子供5「逃げろー!」
子供二人が逃げていく。
ゼル「あ、待て!」
イーノ「ゼ、ゼルくん。早く逃げよう……」
ゼル「そ、それが……足に力が入らなくて」
イーノ「大丈夫! ゼルくんは強いから、走れるよ!」
ゼル「で、でも……」
魔物「グルルル」
イーノ「やああああ!」
棒で殴りかかるイーノ。
ゼル「バカ! 何やってんだ、イーノ!」
イーノ「早くゼルくんは逃げて!」
ゼル「け、けど……」
イーノ「早く!」
ゼル「あ、ああ……」
ゼルが駆け出す。
回想終わり。
ゼル「俺はイーノに助けて貰ったんだ。今、俺が生きてるのもイーノのおかげだ」
子供2「へー」
ゼル「あいつは俺より弱かったのに、俺を助けるために、戦ったんだ。本当は凄く怖かったのに」
子供3「その人はそのあと、どうなったの?」
ゼル「それが、ちゃっかり、自分もちゃんと逃げ延びてたんだよ。それもまたスゲーことなんだけどな」
子供1「魔物から逃げれるって凄いね」
ゼル「……あいつの、あのときの背中、すげー大きく見えたんだよな」
店主「……」
ゼル「俺も、あいつみたくなりたかった……。いや、あいつよりも強くなりたかった。だから、旅に出たんだ」
子供2「それで魔王をやっつけちゃうんだから、勇者様は凄いよ」
ゼル「いや、結局、最後までイーノを超えられなかった……。俺は恐怖から逃げた。ある意味、一番臆病だったのかもな」
店主「一番臆病だったから、魔王を倒せた。違うか?」
ゼル「……そうかもな。けど、やっぱり、あいつに勝ちたかったなぁ」
店主「イーノは死んで、お前は生き延びた。お前の勝ちさ」
ゼル「はは……。そうさせてもらうか」
子供2「ねえ、それより、旅のお話聞きたい」
ゼル「子供にはちょっと難しすぎたか。……よし! じゃあ、冒険の話をしてやる」
子供たち「わーい! やったー」
ゼル「それは霧の深い森で……」
終わり。
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