この広い世界のどこかで
- 2022.08.27
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:4人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
遊星(ゆうせい)
沙奈(さな)
母親
父親
■台本
赤ちゃんポストの前。
赤ん坊「おぎゃあ! おぎゃあ!」
沙奈「……ごめんね。……良い人に育てて貰ってね」
場面転換。
沙奈の家の庭。
木の上でみかんを取ろうとしている遊星。
遊星「うーん……。もうちょっと……」
沙奈「こらー! 何やってるの!」
遊星「あ、見つかっちゃっ……」
ボキッと木の枝が折れる音。
遊星「うわあ!」
ドサと地面に落ちる音。
遊星「うう……」
沙奈がやってくる。
沙奈「……」
場面転換。
沙奈の家の中。
遊星「いてて……」
沙奈「全く……。なんで、みんな、みかん泥棒なんてやるのかしら?」
遊星「……」
沙奈「ほら、氷。頬に当てなさい。少し腫れてるわよ」
遊星「あ、ありがとう……」
沙奈「凄く痛いところとか、気持ち悪いとかない?」
遊星「う、うん。大丈夫」
沙奈「帰ってからも、もし、気持ち悪くなったりしたら、すぐに病院に行くのよ」
遊星「あの……」
沙奈「ん?」
遊星「おばさん、優しいんだね」
沙奈「ぷっ! あはははは。なあに? 急に? 怒られないように機嫌取ってるのかしら?」
遊星「えっと、今、僕の学校で、おばさんの所からミカンを取るっていうのが流行ってるんだ」
沙奈「……それで、しょっちゅう来るのね。でも、なんでミカンなんか取るの? 今なら、ミカンなんて安いし、親に言えば買って貰えるのに」
遊星「……肝試しなんだ」
沙奈「どういうこと?」
遊星「おばさん、凄く怖いから、おばさんからミカンを取ったら凄いって言われてて」
沙奈「ふーん。……私、そんなに怖いかしら?」
遊星「学校だと、鬼のような人って言われてるよ」
沙奈「はあ……。子供って残酷よね」
遊星「……ごめんなさい」
沙奈「あなたが謝ることじゃないわよ。でも、ミカンを盗もうとしたことは悪いことね」
遊星「ごめんなさい」
沙奈「はい。よく言えました」
遊星「……」
沙奈「あなた、今、何歳?」
遊星「え? 10歳」
沙奈「そう……。あの子も、真っ直ぐに育ってくれていると良いんだけど」
遊星「あの子って?」
沙奈「私ね、10年前に子供を捨ててるのよ」
遊星「え?」
沙奈「その頃はね、私、凄く貧乏だったのよ」
遊星「そうなの? こんなおっきい家に住んでるのに?」
沙奈「ここは愛人に買ってもらったものなの」
遊星「愛人?」
沙奈「ふふ。あなたにはまだ早いわ。気にしないで。とにかく、お金に余裕が出来たから、子供を戻してもらおうとしたのよ」
遊星「ダメだったの?」
沙奈「ええ。もう引き取られた後でね。引き取り先を教えてほしいって頼んだんだけど、断られちゃってね」
遊星「……子供捨てたこと、後悔してる?」
沙奈「んー。どうだろうなぁ。正直、10年前は、自分が食べていくのもギリギリだったから。下手したら、子供にかなり辛い思いをさせちゃってたと思う。そう考えたら、ちゃんとした家に引き取られた方が、あの子も幸せだったと思う」
遊星「……子供に会いたい?」
沙奈「そうね。会いたくないって言ったらウソになるわ。……でも、いいの。世界のどこかであの子が元気でいてくれる。それだけで、私は十分幸せだわ」
遊星「いいなぁ」
沙奈「ん? なにが?」
遊星「僕のお母さんも、僕のこと、それくらい好きでいてくれればいいのに……」
沙奈「……お母さんと何かあったの?」
遊星「うん。夏休みの自由研究で、みんなで家系図を作ろうってなったんだけど、お母さんが戸籍なんとかっていうのを、取って来るのを忘れたんだ」
沙奈「……あらら」
遊星「僕だけ自由研究、できなくて……。それで友達からからかわれるようになったんだ」
沙奈「……それで、うちのミカンを盗んで、みんなと仲直りしようとしたの?」
遊星「……うん」
沙奈「お母さんのこと、嫌いになった?」
遊星「……僕、お母さんに大嫌いって言っちゃったんだ。それで、お母さん泣いちゃって……」
沙奈「……ちゃんとお母さんと話してみて。それでごめんなさいって言ってあげて。そしたら、きっと仲直りできるはずだから」
遊星「うん! わかった! じゃあ、おばさん、ありがとう!」
沙奈「あ、ちょっと待って」
遊星「なに?」
沙奈「はい、これ」
遊星「……ミカン。いいの?」
沙奈「これで友達とも仲直りしなさい」
遊星「ありがとう!」
遊星が歩き出すが、立ち止まる。
遊星「あ、そうだ! ねえ、おばさんの子供、なんて名前?」
沙奈「……名前はわからないけど、背中に桜の花びらみたいな痣があったわ」
遊星「わかった! じゃあ、僕、おばさんの子供を探してみるよ!」
沙奈「ふふ。期待しないで待ってるわ」
場面転換。
ガチャリとドアを開ける音。
遊星「ただいま」
すると母親と父親がやってくる。
母親「お帰りなさい……」
遊星「あれ? お父さん? 随分と早いね」
父親「あ、ああ……」
ガバッと母親が遊星を抱きしめる。
母親「……ごめんね。戸籍謄本、取って来なくて」
遊星「ううん。僕もごめんなさい。お母さんのこと、大嫌いだなんて言って」
母親「……」
遊星「僕、お母さんのこと、大好きだから」
母親「う、うう……ありがとう。もう少ししたら、ちゃんと話すから」
遊星「?」
父親「よし! 久しぶりに一緒に風呂入るか!」
遊星「うん! 入る!」
場面転換。
お風呂の中。
父親が遊星の背中を洗っている。
父親「随分と背中、大きくなったなぁ」
遊星「そう?」
父親「ああ。……子供はすぐに大きくなるんだなぁ」
遊星「えへへ。お父さんより大きくなれる?」
父親「ああ、すぐだよ。……って、あれ?」
遊星「どうしたの?」
父親「背中の痣、無くなってるな」
遊星「痣?」
父親「桜の花みたいな痣があったんだよ」
遊星「ふーん。あ、そうだ。今日ね、優しいおばさんに会ったんだ」
父親「へー。どんな人だったんだ?」
遊星「すごく優しくて、話してて安心できて……お母さんみたいな人だった!」
終わり。