不思議な館のアリス 可哀そうな子

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■概要
人数:1人
時間:5分程度

■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス

■台本

アリス「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」
アリス「……おや? 顔の傷はどうしたのですか? 細い傷……なにかに引っかかれたようですね」
アリス「……なるほど。野良猫に餌を与えようとしたら、恩を仇で返されたと」
アリス「少々お待ちください。野良猫の爪には雑菌がついている可能性が高いです。血も出ていますし、手当てしましょう」

場面転換。

アリス「こんなのでどうでしょうか。沁みるのは我慢してください」
アリス「それにしても、野良猫に餌を与えるなんて、あまり感心はしませんね」
アリス「……なるほど。痩せて可哀そうだったと」
アリス「実にあなたらしいですね。……ですが」
アリス「本当に可哀そうだったのでしょうか?」
アリス「……可哀そうという感情は、身勝手なこともあります」
アリス「つまり、可哀そうと思う側は相手の気持ちや状況など関係ありません」
アリス「……ええ。言いたいことはわかります。ガリガリに痩せていたという状況があったからこそ、可哀そうだと感じたのですよね?」
アリス「……では、今回はこのお話をしましょう」
アリス「その少年は5歳の頃にバスの事故に巻き込まれ、両親と両足を無くしました」
アリス「少年には身寄りもなく、天涯孤独。そして、裕福とは言えない……逆に貧困と呼べる状態だったのです」
アリス「文字の読み書きもできず、言葉さえも上手く話せないといった状況でした」
アリス「そんな状態の少年をメディアは持ち上げました」
アリス「少年がいかに不幸かを連日報道していきます」
アリス「さらに少年は事故ですべてを失ったはずなのに、テレビの前では、命が助かったことを幸運だと健気に笑っていたのです」
アリス「この姿に世界中の人々が『可哀そう』だと思いました」
アリス「そして、少年の元には多額の寄付金が送られてきました」
アリス「その寄付金で少年は住むところが用意され、学校にも行けるようになりました」
アリス「さらには最新技術である義足さえも送られ、普通の人と同じように歩くことができるようになったのです。もちろん、相応の努力は必要でしたが」
アリス「……この話を聞いて、どう思いましたか?」
アリス「よかった、と思ったでしょうか?」
アリス「ですが、そもそも、少年は世界の人々が思っていたように『可哀そう』ではありませんでした。……いえ、自分が置かれた状況が可愛そうだと思っていなかったようです」
アリス「その少年は、実は両親から虐待を受けていました。これはあとからわかったことなのですがね。当時は体中の傷はバスの事故によるものだと思われていました」
アリス「ですが、よく調べてみたら虐待による古傷が体中にあったようです」
アリス「さらに少年の足は、生まれつき奇形により、満足に歩けるような状態ではありませんでした。杖をつくことでやっと歩けたそうです」
アリス「……つまり、少年にとってバスの事故で失ったものは、もともと少年には不要と言ってもいいと言えるものだったのです」
アリス「逆に少年は多額の寄付金により、普通の人以上の生活を送れるようになりました」
アリス「少年は学校に通えるようになったことで、勉強に集中できるようになり、有名な大学を卒業しました」
アリス「また、生まれつきの愛嬌のおかげか、大学卒業後は自分で起業をし、大成功をおさめたそうですよ」
アリス「バスの事故の後、少年は再び世間の注目を集めます」
アリス「それは大富豪になり、豪邸に住む姿でした」
アリス「かつての少年は、テレビに向って、愛嬌のある笑顔でこう言いました」
アリス「あなた達のおかげで、私はこの生活を手に入れることができました。大変感謝しております、と」
アリス「それが放送された後、どうなったと思いますか?」
アリス「かつての少年は多くの人に批判されました」
アリス「世間は『可哀そう』だった少年が普通以上……いえ、自分以上の生活を送っていることに嫉妬したのです」
アリス「寄付されたお金を返せ、会社で得た利益は同じように親を亡くした子供たちのために寄付するべきなんて言う人も出てきたのです」
アリス「……かつての少年は困惑しました。確かに寄付金のおかげで普通の人と同等の生活をできるようになりました」
アリス「ですが、今の成功は少年の努力によるものです」
アリス「少年の中身は変わっていないのに、世間の評価は真逆になってしまいました」
アリス「……え? その方のその後ですか?」
アリス「確か、強盗に襲われて、亡くなったそうです」
アリス「世間の言うように、貧困で喘ぐ子供たちが暮らす施設を視察に行った後の出来事でした」
アリス「……つまり、私が言いたかったのは、あなたが可哀そうと思った痩せた野良猫は、実は可哀そうとは限らないということです」
アリス「もしかすると、自分で餌を取るためには、その体が最適……なんてことも考えられます」
アリス「確かに他者を思いやる感情は素敵なことですが、決めつけてしまうことは危険という話です」
アリス「恩を仇で返された、なんて考えは的外れかもしれませんよ」
アリス「あらぬ誤解を招かぬように、気を付けてくださいね」
アリス「それでは、今日のお話はこれで終わりです」
アリス「またのお越しをお待ちしております」

終わり。

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