通勤電車
- 2023.03.06
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:1人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、コメディ
■キャスト
翼(つばさ)
■台本
翼が駅のホームを走っている。
翼(N)「朝起きて電車に乗って、会社に行って、電車に乗って帰って来る。毎日、その繰り返し。一体、僕は何のために生きているんだろう……って、そんなことを言ってる場合じゃない!」
ジリリリとベルが鳴り、電車のドアが閉まる音。
そこに駆け込む翼。
翼「はあ、はあ、はあ……」
翼(N)「なんとか滑り込めた。これに乗り遅れたら、会社に遅刻してしまうところだった。危ない危ない。……やっぱり、昨日、酒を飲んだのがダメだったな。起きるのに、いつもの倍の時間がかかってしまった。どんなにストレスが溜まっていても、平日に酒を飲むのは止めておこう」
周りが少しだけザワザワしている。
翼(N)「なんだろう? みんな、なんか僕の方を見て、ヒソヒソと話してるぞ……。それに今日は女の人が多い気がする。今日はいつもと違って、乗り遅れそうだったから、階段から近い車両に乗った。だからだろうか? この車両は女の人が多い車両とか? いやいや、そんな車両あるわけ……」
翼「あっ!」
バッと壁側を向く音。
翼(N)「ヤバいヤバいヤバい! そう。僕はいつも、この車両を避けていた。なぜなら、出勤時間のこの時間くらいまで、この車両は……女性専用車両になっているのだ」
翼「……」
ヒソヒソ話が止み、電車のゴトンゴトンという音が響く。
翼(N)「……これって、何か犯罪になるんだっけ? いや、そんなわけないよな。……けど、もし、この状況で痴漢です、なんて言われたら……」
翼「……」
翼(N)「絶対に言い逃れができない。もし、痴漢で捕まったりしたら、会社クビだよな……。どうする?」
電車が停まり、ドアが開く音がする。
そして、客が乗り込んでくる。
翼(N)「僕……いや、私は女です、って言い張るか? 僕は髭は薄いしいけるかも? ……いやいやいや。ないない。絶対バレるだろ。……あ、じゃあ、今、話題の、心は女です! いうのはどうだ?」
プシューとドアが閉まる音。
翼(N)「……余計、罪が増える気がする。言い逃れしようとしてるから、凶悪って判断されるか? くそっ! どうする?」
電車が走り出し、ガタンガタンと音を立てる。
翼「……ん?」
翼(N)「しまったっ! 今の駅で降りればよかったっ! 考え事してたから完璧油断してたぞ。……いや、ちょっと待て。ゆっくりと進んで、隣の車両に行けばいいんじゃないか?」
翼「……」
翼(N)「いやいやいや。余計、目立つじゃん! そんなの自分から白状するもんだろ! ……待て待て落ち着け。今はまだ気づかれてない。このままやり過ごせば勝ちだ」
ゴトンゴトンと電車が走る音。
翼(N)「あと2駅。なんとか行けるか? 考えても見ろ。今はまだバレてないけど、降りる駅までバレない保証はない。バレたら終わりだ。なら、ただ、待つだけじゃなく、行動した方がいいんじゃないか?」
ゴトンゴトンと電車が走る音。
翼(N)「……よし、次の駅で降りよう」
電車が停まる。
そして、ドアが開く音。
翼(N)「よし、降り……って、げっ! 逆側のドアだ! しかも、車内は結構混んでるぞ! このままじゃ進めない!」
翼「すみません、降りま……」
翼(N)「いや、待て! 声を出してどうする!? バレるだろ! どうする? 強引に進むか? ……ダメだ! 余計、痴漢に間違われる可能性が高くなる。……考えろ! 突破口はあるはずだ!」
プシューとドアが閉まる音。
翼「あ……」
電車がゆっくりと走り出す音。
翼(N)「出発してしまった。仕方ない。こうなったら、もう、降りる駅までバレないことを祈るしかない」
ガタンガタンと電車が走る音。
翼(N)「……なんで、こんなことになってしまったのだろうか。僕がなにか悪いことをしたのか? ……うん。寝坊したのが全ての原因だな。てか、平日に酒なんか飲むからだ。……ちくしょう、自業自得じゃないか」
ガタンガタンと電車が走る音。
翼(N)「思えば、仕事漬けの毎日だったけど、辞めるって考えるとなんか寂しい。……捕まったら多分、クビだよな。辞めるならせめて、先輩に今までお世話になったお礼は言っておきたい。……いや、逆に迷惑かな?」
ガタンガタンと電車が走る音。
翼(N)「あとは、母さんや父さんになんて言おう? 2人なら、僕の冤罪を信じてくれるだろうか?」
翼「……いや、待てよ」
翼(N)「そうだよ。まだ、有罪になったわけじゃない。裁判で争えばいいんじゃないか? 僕は痴漢なんかやってない! 無罪を勝ち取れば」
翼「……」
翼(N)「いや、捕まった時点でクビだろうな。なんかの映画で見たことがある。まだ裁判も始まってないのに、会社をクビになってたよな」
翼「……」
翼(N)「そうだよな。僕がこの車両に乗った時点で、終わりだ。どうせ終わりなら、変にジタバタあがくのは止めよう。大人しく捕まって……」
そのとき、電車が停まり、ドアが開く。
翼「あっ……」
翼(N)「そのとき、奇跡が起こった。そう。目の前のドアが開いたのだ! つまり、僕は見つからずに駅に辿り着けたわけだ!」
翼「っしゃあ!」
電車を降りる翼。
翼(N)「ふう、九死に一生を得た。ホント、どうなることかと思った……あっ」
翼「先輩だ……」
翼(N)「あれ? なんで? 先輩、僕と同じ車両に乗ってたってこと? え? え? え? 先輩も女性専用車両に乗ってたってこと?」
翼「……あっ!」
翼(N)「振り返って見てみると、電車の窓には女性専用車両9時までと書いてあった。……つまり、僕が乗ったときにちょうど終わったということだ」
翼「けど……じゃあ、なんで?」
翼(N)「そう。それだと一つだけおかしいことがある。なんで、僕があの車両に乗った時に、みんなが僕を見て、ヒソヒソ話をしていたのか……?」
翼「ああっ!」
翼(N)「そして、僕は気づいた。ズボンのチャックが全開だったことに……」
終わり。