父の背中
- 2023.10.14
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
正幸(まさゆき)
寛二(かんじ)
朱里(あかり)
男1~2
■台本
寛二(35)、正幸(7)。
寛二「よお、正幸。背中流せや」
正幸「……」
寛二「早くしろ!」
正幸「はい……」
正幸(N)「俺はずっと親父が嫌いだった。いつも、誰に対しても威張り散らし、周りも親父のことを避けた。当然、俺も親父のせいで友達はいなかった。みんな、チンピラの息子なんかと仲良くしたいとは思わないのは当然だ」
風呂場で背中を流す正幸。
正幸「ねえ、父さん」
寛二「ん?」
正幸「どうして、背中に絵なんて描いたの?」
寛二「これは入れ墨って言ってな。男の誇りなんだ」
正幸(N)「男の誇り。俺にとって、それが一体、なんの意味があるのかはわからなかった。この、刺青のせいで、銭湯にも行けないし、周りにも避けられる」
ゴシゴシと背中を擦る正幸。
寛二「この刺青はな。入れるとき、すげー痛いんだよ。でもな、それを耐え切ったっていう証でもあるんだよ」
正幸(N)「痛いのを耐えたからって、なんだというのだ。そんなのはくだらない。わざわざ、自分から痛いことをするなんて、無意味だ」
ゴシゴシと背中を擦る正幸。
正幸(N)「でも、一つだけ、俺は親父の好きな部分があった。……それは背中の広さだ。まるでキャンパスのように広い背中。俺にとって、親父の背中は広く、頼もしく感じだ」
場面転換。
20年後。
朱里「ふーん。で、正幸くんのお父さんって、今、どこにいるの?」
正幸「さあ」
朱里「さあって……。薄情だなぁ」
正幸「俺の話聞いてた? あいつのせいで、俺は子供の頃、ずーっと寂しい思いをしてたんだぞ?」
朱里「でも、まあ、そのおかげで、私とこうして出会えたんだし」
正幸「まあ、そりゃそうだけど、それは結果論だろ? それに、親父のおかげってわけじゃない」
朱里「んー。でも、会ってみたいな」
正幸「はあ? 正気か? あんなやつに会ってもいいことなんてなんもないって」
朱里「でもさ、やっぱり、婚約者としては旦那さんのお父さんには会っておきたいじゃん?」
正幸「……まあ、探してみるけど、期待しない方がいいから。色々な意味で」
朱里「うん。わかった」
正幸(N)「正直、見つかって欲しくないと思っていた。けど、こういうときって、思い通りにはいかない。親父のことはすぐに見つかった」
場面転換。
寛二の部屋。
寛二「……よお、正幸」
正幸「親父……」
正幸(N)「10数年ぶりに見た親父は変わり果てていた。おそらく病気か何かだろう。ゲッソリと痩せて、弱弱しい。昔の威張り散らしていた親父の姿はそこにはなかった」
正幸「親父、病院は?」
寛二「はは。そんな金があれば、酒代にするさ」
正幸「……俺が金を出すよ」
寛二「なら、酒を買ってきてくれ」
正幸(N)「強がりなのだろうか。軽口をたたく親父。……最初からこうだったら、俺も親父も少しは違った人生が歩めたのだろうか」
寛二「……それにしても、今日は暑いな。こんな日にはキンキンに冷えたビールが良い」
正幸「……買ってきてやるよ」
場面転換。
風呂場。
湯船につかる寛二。
寛二「はあ……。この後、ビールが待ってると思うと、風呂も格別だな」
ガラッとドアが開く音。
正幸「親父、背中流してやるよ」
寛二「お? 気が利くな」
湯船から出る寛二。
椅子に座る寛二。
背中を擦る正幸。
正幸「……」
寛二「はは。こうして背中を流してもらうのは20年ぶりくらいか」
正幸「……だね」
正幸(N)「親父の背中は小さく、弱弱しくなっていた。あの広い、頼りになる背中は見る影もなかった。刺青も、なんだか縮こまって見える」
正幸「なあ、親父に会って欲しい人がいるんだ」
寛二「やめとけ。せっかくの縁だ。俺なんかに会ったら、途切れるぞ」
正幸「全部話してある。それでも会いたいって」
寛二「はは。それはそれは。どんな変わったやつか見てみたいな」
場面転換。
朱里「正幸くんの婚約者の朱里です。よろしくお願いします」
寛二「はは。正幸の親父です。まあ、縁は切れてるがな」
正幸「そうなの?」
寛二「お前が切ったんだろ」
正幸「そうだっけ?」
寛二「そう言って、出てっただろ」
正幸「口だけでしょ。そんなの」
寛二「あ、そう」
朱里「それじゃ、行きましょうか」
自動車に乗る3人。
場面転換。
3人を乗せた自動車が走っている。
朱里「……」
正幸「どうした?」
朱里「後ろ。あおり運転」
正幸「……無視した方がいいな。先に行かせたら?」
朱里「そうだね」
車が追い抜いていく。
朱里「きゃ!」
朱里が急ブレーキを踏む。
相手の車も止まり、中から降りてくる。
男1「おう、姉ちゃん。降りろよ」
正幸「……無視しろよ。絶対開けるな」
朱里「う、うん」
男2「開けろって言ってんだよ!」
車のドアを蹴る男2。
寛二「……予約の時間は大丈夫なのか?」
正幸「そんな場合じゃないでしょ」
寛二「はあ……。ちょっと待ってろ」
正幸「え?」
寛二が車を降りる。
寛二「まあまあ落ち着いて」
男1「なんだ、ジジイ!」
寛二「お店を予約してるんだ。どいてくれないか?」
男2「舐めてんじゃねーぞ」
男2が寛二を殴る。
朱里「きゃっ!」
正幸「親父!」
正幸が車を降りる。
寛二「大丈夫だ。車に乗ってろ」
男2「なにが大丈夫だ、おら!」
寛二を殴る男2。
寛二「……」
男1「な、なんだよ?」
寛二「もう一度言う。急いでるんだ。どいてくれないか?」
男2「……」
男1「ちっ! 行くぞ」
男2「ああ」
男1と2が去っていき、車に乗る。
寛二「じゃあ、行くか」
朱里「……凄いね、お父さん」
正幸「ああ……」
正幸(N)「前言撤回。親父の背中は今も広くて、頼もしいままだった」
終わり。