君を助けたいって思ったから

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■概要
人数:5人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
悠輝(はるき)
結衣(ゆい)
静江(しずえ)
結衣の母
先輩

■台本

悠輝(はるき)

悠輝(N)「俺はなんていうか、いわゆる宗教二世というやつだ。父を事故で亡くしてから、母が宗教にドハマりした。それは俺が中学生のときだ。母は父の死亡保険や全ての財産を宗教に寄付し、俺の家はかなり貧乏だった」

静江「いい? そもそも贅沢なんて人生には必要ないの。お金に縛られなければ、不安もなくなるし、心を穏やかに過ごせるのよ」

悠輝(N)「それが母の口癖だ。その話を聞くたびに、俺は、それならなぜ、教祖たち幹部の人間は贅沢をしてるんだ? と思った。まあ、言っても無駄だから言わなかったけど」

静江「悠輝も、ちゃんと入信すれば、あの教えの素晴らしさがわかると思うんだけど……」

悠輝(N)「当たり前だが、母は俺も信者にしたいようだ。冗談じゃない。あいつらの食い物になるなんて死んでも嫌だ。だから、俺は早く自立して、この家を出たかった。……というより、あの宗教から逃げ出したかった。……あのときまでは」

場面転換。

悠輝「……は?」

静江「だから、あなたのお嫁さん」

結衣「こんにちは。よろしくお願いします」

結衣の母「あらあら、静江さん。気が早いですよ。二人はまだ高校生なんだから」

静江「ああ、そうね。ごめんなさい。じゃあ、許嫁ってところかしら」

結衣「結衣って言います。よろしくお願いします」

悠輝「は、悠輝です……」

悠輝(N)「宗教二世同士を結婚させて、どっぷりと宗教にハマらせる。……それがあいつらのやり口だ」

場面転換。

結衣が走って来る。

結衣「悠輝さん!」

悠輝「あ、結衣さん。今、学校帰り?」

結衣「はい。あ、そうだ。これ……」

ガサガサとカバンを開ける音。

結衣「チョコレートです」

悠輝「え?」

結衣「今日は、バレンタインデーですから」

悠輝「あ、ああ。そっか。あ、ありがとう」

結衣「手作りしてみました。味は……たぶん、大丈夫だと思います」

悠輝「大切に食べさせてもらうよ」

結衣「……」

悠輝「どうかした?」

結衣「悠輝さんは、どのくらいもらったのかなって……」

悠輝「へ? 俺? いやいや。今日がバレンタインデーって忘れてたくらいだよ。一個も貰えなかったよ」

結衣「そうなんですか。意外です」

悠輝「……いやいや。お世辞はいいよ」

結衣「そんな! 本当ですよ」

悠輝「それより、結衣さんの方はどうなの? やっぱりたくさんチョコあげたんでしょ? 手作りって大変そう」

結衣「え? 悠輝さんにだけですよ」

悠輝「そ、そうなの?」

結衣「はい。教典の中で、異性に近づくようなことは一切禁止されてますから」

悠輝「……」

悠輝(N)「彼女は熱心な信者だ。なんでも、物心ついたときから両親が信者だったらしい。だから、あの宗教の教えが当たり前とのことだ。……だから、俺のことを好きというわけではなく、俺と結婚することが決められているから、こうして慕っているのだ」

場面転換。

引っ越しのバイトをしている悠輝。

先輩「いくぞ、いち、にの、さん!」

悠輝「うおおお。重い……」

先輩「落とすなよ」

悠輝「は、はい……」

場面転換。

先輩「お疲れ。ほれ、コーラ」

悠輝「ありがとうございます」

先輩「にしても、お前、凄いな」

悠輝「なにがですか?」

先輩「一ヶ月、休みなくシフト入れてるだろ。引っ越し屋なんて、力仕事なのに、きつくないのか?」

悠輝「ははは……。いつも筋肉痛との戦いですよ」

先輩「……なんで、そんなに金がいるんだ?」

悠輝「……高校を卒業したら、家を出ようかと思って」

先輩「そっか。大学は?」

悠輝「いえ。すぐに就職するつもりです」

先輩「そうなんだ? てっきり、大学行くための金を稼いでるのかと思った」

悠輝「……大学に行くよりも、大切なことに使いたくて」

先輩「ふーん。まあ、頑張れよ」

悠輝「はい」

場面転換。

ファミレス。

悠輝と結衣が向かい合って座っている。

悠輝「結衣さんは大学、どうするの?」

結衣「あ、それについて悠輝さんに相談しようと思ってました」

悠輝「へ? 俺に?」

結衣「はい。悠輝さんはどうしたいですか?」

悠輝「いや、俺は大学には……」

結衣「あ、ごめんなさい。言い方が紛らわしかったですね。私、大学に行った方がいいですか?」

悠輝「……ちょ、ちょっと待って。俺が決めるの?」

結衣「……ええ。もちろんですよ」

悠輝「ど、どうして? 結衣さんの人生でしょ?」

結衣「ふふ。私は悠輝さんの奥さんになるんですよ? 悠輝さんの意思に従うのは当然じゃないですか」

悠輝「……」

悠輝(N)「そう。あの宗教は完全な家父長制を徹底して教えている。その方が何かと便利なんだろう。……でも、そんなのは今の時代には合わない。というより、そもそも、結婚なんて、誰かに決められてするものじゃないんだ」

場面転換。

夜景が見える高台。

悠輝「結衣さん……」

結衣「はい。なんですか?」

悠輝「高校を卒業したら、一緒に住まない?」

結衣「はい。わかりました。悠輝さんがそうしたいなら、そうします」

悠輝「……」

悠輝(N)「俺はその約束通り、高校を卒業すると同時に、住む家を決めた。高卒で就職先を見つけるのはちょっと大変だったけど、結衣さんのためと思えば、頑張れた。そして、俺と結衣さんは引っ越しをして、親元を離れた。そのために結衣さんには遠くの大学に入ってもらったのだ」

場面転換。

荷ほどきをしている結衣。

それを手伝っている悠輝。

悠輝「ごめんね、狭い部屋で」

結衣「いえ。平気です。……それより、悠輝さんの荷物はどこですか?」

悠輝「俺は住み込みのところに就職したから、そこに住むんだ」

結衣「……あの、一緒に住まないんですか?」

悠輝「うん。一緒に住むのは結婚するとき、かな」

結衣「わかりました。楽しみに待ってますね」

悠輝「……」

悠輝(N)「これで、計画はほぼ成功した。親元を離れ、大学生活を送れば、きっと結衣さんの目も覚めるはずだ」

場面転換。

ファミレス。

悠輝がやってくる。先に結衣が座っている。

悠輝「ごめん、お待たせ」

結衣「いえ、私も今、来たところですよ」

悠輝「どう? 大学、楽しい?」

結衣「はい。なんか、不思議な感じです」

悠輝「不思議な感じ?」

結衣「家では規則正しい生活をするのが当たり前だったんですが、今ではちょっと夜更かしとかしちゃってます」

悠輝「ははは。それが普通なんだよ」

結衣「男の人とかと話すことも多くて、楽しいですよ」

悠輝「そっか。それは良かった」

悠輝(N)「大分、結衣さんの洗脳も解けてきている。あとは、俺がある台詞を言うだけだ」

悠輝「ねえ、結衣さん」

結衣「はい、なんでしょう?」

悠輝「お、俺と……」

結衣「……」

悠輝(N)「言え。言うんだ。別れよう。その一言でいいんだ。きっと、結衣さんだってそう望んでいるはず」

悠輝「別れよう」

結衣「え?」

悠輝「付き合ってもいないのに、こんなことを言うのも変だけどさ。結婚の件は白紙にしよう」

結衣「……どうして……ですか?」

悠輝「結衣さんだって、気づいているはずだ。今の時代、結婚は親が決めることじゃない」

結衣「……」

悠輝「あそこに縛られる必要はないんだ」

結衣「そう……ですよね。悠輝さんだって、迷惑ですよね。私なんかと結婚だなんて」

悠輝「それは違う!」

結衣「え?」

悠輝「……俺はさ、ずっと嫌だったんだ。母さんがあの宗教にハマっていたことが。そして、俺もその信者にしようとしていたことが」

結衣「……」

悠輝「だから、早くあの家を出て行きたかった。本当なら、高校もどっかの寮に入ろうって思ってたくらいだ」

結衣「……」

悠輝「でも、君に出会った」

結衣「……私に?」

悠輝「一目惚れ……だったと思う。正直さ、君と許嫁になれて……君と結婚できるなら信者になってもいいかなって思ったときもあった」

結衣「……」

悠輝「でもさ、こうも思ったんだ。好きになったからこそ、君を助けたいって」

結衣「私を……?」

悠輝「君はずっと、あの教えを叩きこまれてきた。結婚も親が決めた相手とすることが当然だと思ってたはずだ。でも、そんなのは違う。ちゃんと自分で選んだ相手と結婚していいんだ。それを知って欲しくて、俺は……」

結衣「……」

悠輝「騙すようなことをして、悪かった」

結衣「ふふ……。うふふふふ」

悠輝「結衣さん?」

結衣「ビックリしました」

悠輝「なにが?」

結衣「同じで」

悠輝「同じ?」

結衣「私もずーっと、嫌だったんです。あの宗教」

悠輝「そ、そうだったの?」

結衣「はい。あの日まで」

悠輝「あの日?」

結衣「悠輝さんに会った日です」

悠輝「……え?」

結衣「私、あの日、思ったんです。このまま信者になれば、悠輝さんと結婚できるかなって」

悠輝「え? あ、じゃあ……」

結衣「悠輝さん、言ってくれましたよね? ……私は自分で結婚相手を選んでいいって」

悠輝「う、うん……」

結衣「それなら、悠輝さんを選びたいです」

悠輝「結衣さん」

結衣「悠輝さんは……私を選ぶのは嫌ですか?」

悠輝「そ、そんなことないよ……。って、違うな」

結衣「……?」

悠輝「俺と結婚してほしい」

結衣「……はい」

終わり。

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