【シナリオブログ】龍は左手でサイを振る⑤

〇 黒龍組賭場(元新兵衛の賭場)
賭場には大勢の客がいる。
目が血走っている客が多く、楽しんでいる客はいない。
龍鬼がツボをあげる。
龍鬼「グサンの丁」
大勢の客の悲痛な声があがる。
龍鬼「ふん(馬鹿にした笑み)」
その時、勢い良く戸が開く。
現れたのは、新兵衛と凛。
龍鬼「なんだ、小僧。ここはもうお前の賭場じゃないんだぞ」
新兵衛「それを取り返しに来ました」
奥から浩蔵がやってくる。
浩蔵「これはこれは。元賭場の胴元さんではありませんか。何をしに?」
新兵衛「博打で勝負しに来ました」
浩蔵「ほう。まあ、いいでしょ。適当に遊んでいってください」
新兵衛「この賭場を賭けて勝負してください」
浩蔵「(ため息)勝負と言われましても……。新兵衛くん。あなた、この賭場と同等の金がないでしょう? 勝負自体が無理ですよ」
新兵衛「僕の家を賭ける!」
浩蔵「ぶあっはっは! あんなぼろ家。二束三文ですよ。話になりません」
新兵衛「……くっ」
浩蔵「(ニッと笑い)まあ、いいでしょ。あのぼろ家ともう一つ賭けてもらえるなら」
新兵衛「もう一つ?」
浩蔵「あなたの右腕ですよ」
新兵衛「え?」
浩蔵「もし、こちらが勝てば、あなたのその右腕を切り落とします」
凛「なに!」
浩蔵「いやぁ。この街の連中がしつこいのなんのって。この賭場を返せだのなんだのってね。だから、あなたの右腕を切り落とせば、さすがに諦めるんじゃないかと思うんですよねぇ」
凛「てめえ、ふざけんな」
新兵衛「受けます!」
凛「なっ! おい!」
新兵衛「大丈夫、凛さん。勝てばいいんです」
凛「(ため息をついて)知らねえぞ」
龍鬼「話しはまとまったか? いいかげん、待ちくたびれる」
新兵衛「勝負、お願いします」

〇 同
新兵衛と龍鬼が向かい合っている。
二人の目の前には盆茣蓙(ぼんござ)があり、その上にサイコロとざるで作られたツボが乗っている。
新兵衛の後ろには大勢の町人。
龍鬼の後ろに浩蔵が座って、二人の様子を見ている。
龍鬼「勝負の方法は前回と同じでいいか?」
新兵衛「はい」
目を瞑る新兵衛。
龍鬼がツボにサイコロを入れ振る。
新兵衛は音のイメージで、サイコロがどう転がっているかが見えている。
畳の上にバンとツボを置く龍鬼。
龍鬼「半か丁か?」
目を開く新兵衛。
新兵衛「シロクの丁!」
龍鬼「……(眉をぴくりと動かす)」
ツボをあげるとサイコロの目は『四』と『六』。
龍鬼「シロクの丁」
町人「やった! 当てたぞ!」
新兵衛の後ろの町人たちが大騒ぎをする。
龍鬼「なるほど、この前とは違うみたいだな」
新兵衛「……次は僕の番ですね」
龍鬼が目を瞑る。
新兵衛がツボにサイコロを入れ、空中で振る。
新兵衛がツボを勢い良く回す。
サイコロがツボの中で何度も弾ける。
龍鬼「(目を開いて)なっ!」
ツボを畳の上に置く新兵衛。
新兵衛「半か丁か?」
龍鬼「……半」
新兵衛がツボをあげる。
サイコロの目は『四』と『ニ』。
新兵衛「シニの丁!」
町人「やったぞ! 外した! 勝てるぞ」
新兵衛がチラリと凛を見る。
凛がニッと笑う。
浩蔵「お、おい! 龍鬼!」
龍鬼「心配なさらずに。次は私の番だな」
龍鬼はサイコロだけを掴む。
龍鬼「うーん。どうも、このツボは手に馴染まない。こっちを使うか」
龍鬼は懐から新しいツボを出す。
龍鬼「こういう大勝負には、やはり使い慣れたツボじゃないと、どうも集中できない。このツボを使っていいかな?」
新兵衛「……はい、別にいいですけど……」
凛「……(ハッとして)馬鹿! 新兵衛!」
新兵衛「え?」
龍鬼「(ニタリと笑い)一度了承をもらったんだから、今更取り消しは無しだ」
凛「くっ!」
新兵衛「……凛さん?」
龍鬼「では……」
龍鬼がツボにサイコロを入れる。
新兵衛が目を瞑り、龍鬼がツボを振る。
新兵衛のイメージでは、サイコロがツボの中で回るのが見える。
が、突然、金属音が響く。
新兵衛「え?」
何度も金属音が響き、イメージのサイコロが消える。
新兵衛「(目を開いて)……なっ」
龍鬼「半か丁か?」
新兵衛「……(呆然として)」
龍鬼「半か丁か!」
新兵衛「え? あ、半……」
龍鬼「(ニッと笑う)」
ツボをあげるとサイコロの目は二つとも『三』。
龍鬼「サンゾロの丁」
観客たちがざわめく。
新兵衛「……一体」
龍鬼「くっくっく。タネはこれだ」
龍鬼はツボの中を新兵衛に見せる。
ツボの内側には、金属の鉄板がくっついている。
新兵衛「そんな……」
町人「おい! 汚ぇぞ! イカサマだ」
龍鬼「イカサマねぇ……。小僧、どう思う?」
新兵衛「(震えて)イカサマじゃありません」
龍鬼「ふふ、一端の賭博師ではあるみたいだな。……さあ、勝負を続けようか」
新兵衛「(青い顔をして)……」

〇 同
静まり返った賭場。
呆然としている新兵衛。
龍鬼と浩蔵がニタニタと笑っている。
町人「そんな、新兵衛さんが負けちまった」
浩蔵「さてと、では、あの汚い家は私のものですね。まあ、いりませんが」
新兵衛「……」
浩蔵「あと、もう一つ」
新兵衛がビクリと震える。
浩蔵「あなたの右腕をいただきますよ」
新兵衛「……(震えて)」
浩蔵「許しを乞いなさい。そうすれば、考えてあげますよ」
凛「新兵衛?」
新兵衛「……」
浩蔵「ん? どうしました?」
新兵衛「斬ってください。(顔をあげて)賭博に負けたんです。斬ってください」
凛「……お前」
浩蔵「ちっ! 泣いて謝るところを見たかったのに。まあ、そうしたところで、斬ることには変わりないですがね。……おい!」
奥から刀を持った組員が入ってくる。
組員「なんでしょう?」
浩蔵「この小僧の右腕を斬り落とせ」
組員「はっ!」
刀を抜く、組員。
刀を振り上げ――。
凛「ちょっと待て」
ピタリと刀が止まる。
浩蔵「なんです?」
凛「私とも勝負してくれよ」
浩蔵「……なんです?」
凛「ここは賭場だろ? 私にも賭博させてくれよ」
新兵衛「え?」
凛「賭けるものは、そっちは新兵衛の右腕とこの賭場。こっちは私の右腕と私自身だ」
新兵衛「ちょっと、凛さん!」
浩蔵がジッと凛を見る。
浩蔵「(小声で)身だしなみは汚いが、顔はなかなかの上玉。遊郭にでも売れば、高い値がつくはずだ。勝てば問題ない。こっちには龍鬼がついてるんだからな」
ニヤと笑う浩蔵。
浩蔵「いいでしょう。その博打、乗りました」
新兵衛「凛さん、どうして……」
凛「心配すんな。勝てばいいだけだろ?」
新兵衛「……」

<4ページ目へ> <6ページ目へ>