【ドラマシナリオ】見えない終着駅③

○  山手線・渋谷駅・ホーム
電車待ちをしている人を見て回る康平。
不意に、後ろから頭を小突かれる。
振り向くと、腕を組んでいる美咲がいる。
美咲「ったく。遅いと思ったら、やっぱりか」
康平「美咲さん、なんでここに? 待ち合わせ、駅前の交番に十時だったはずじゃ……」
美咲が左手の腕時計を康平の顔の前に出し、時計盤のところを指差す。
時間は十時十五分を差している。
康平「……すいませんでした」
美咲「(笑みを浮かべて)お昼、奢りね」

○  カフェ
テーブルの下に、ドンと紙袋を置く美咲。
康平も紙袋をテーブルの下に置く。
二人が向かい合って座る。
美咲「いやあ、久しぶりにこんなに買い物したわ」
康平「普通、怪我人に荷物持たせる?」
美咲「怪我してるのは右手でしょ? 荷物は左手で持ってるんだから、問題なし!」
康平「……あー。そうだね……」
美咲がメニューを広げる。
美咲「あたしはマンゴースムージーにしようかな。康平は?」
康平「じゃあ、アイスコーヒーで」
美咲「ないわー。まったく、面白みがないわー。この新発売のドリアンジュースにしなさいよ。すいませーん」
美咲が手を上げて、店員を呼ぶ。
美咲「これとこれね」
美咲がメニューのマンゴースムージーとドリアンジュースを指差す。
店員「かしこまりました」
美咲が康平の顔を見て、微笑む。
美咲「一口、ちょうだいね」
康平「……」
康平が不意に外を見ると、坂下正輝(54)が歩いているのが見える。
康平が目を見開く。
康平「あの人!」
立ち上がって、ドアに向かって歩き出す。
美咲「ちょ、ちょっと?」
紙袋を持って、美咲も立ち上がる。

○  街中
康平がカフェから出てくる。
そして、周りをキョロキョロと見渡す。
だが、坂下の姿は見当たらない。
美咲「康平、どうしたの?」
康平「……」

○  渋谷・ハチ公前
康平と美咲がハチ公前の椅子に並んで座っている。
美咲「……坂下って、あの坂下? 康平のお父さんのデータを盗んだ?」
康平が頷く。
美咲「でもさ、そもそも、どうして居場所を知らなかったわけ? 他の会社に移ったんだよね? それなら、その会社に行けばすぐに会えると思うんだけど」
康平「……それが、すぐに辞めたんだ」
美咲「……どういうこと?」
浩介「きっと、顧客リストを売ったんだと思う。だけど、ただ売るだけだとお金の流れで怪しまれるから、一旦、会社に所属して、特別報酬としてお金を貰って、辞めたんじゃないかな」
美咲「なるほどねー。……で?」
康平「え?」
美咲「そいつ見つけて、どうするつもり? 復讐する?」
康平「……わからない」
美咲「いや、わからないって……」
康平「でも、聞きたいんだ。……どうして父さんを裏切ったのか」
美咲「どうせ、金に釣られたんでしょ」
康平「そうだとしても、直接、坂下さんの口から聞きたいんだ」
美咲「ふーん」
突然、美咲が康平の背中をバンと叩く。
美咲「よし! 仕方ないから手伝ってあげる」
康平「でも……」
美咲「こういうのは人手がいた方がいいって。手がかりは渋谷で見たってだけなんだからさ。そんなの一人でやってたら、いつになるかわからないって」
康平「ありがとう」
美咲「うん。任せておいて!」
美咲がニッと笑って、親指を立てる。

○  山手線・品川駅・ホーム
康平と美咲が並んで歩いている。
二人とも、電車を待つ人たちを横目で見ている。
美咲「(スマホを操作しながら)スーツを着てたって言うなら、何かしら、仕事をしてるってことだからさ、まずは名前でググってみたんだけど、ヒットはしなかった。ほら」
美咲がスマホの画面を見せる。
康平「そこまで有名な人じゃないと思うけど」
美咲「いや、だってさ。坂下って、リストを売ってお金貰ったんでしょ? しかも、裏工作であんな面倒くさい方法をとったってことは、結構な額だと思うんだよね」
康平「……それは、まあ、そうだと思うけど」
美咲「多額の資金を持ってるのに、今更、どっかの社員とかはやらないんじゃない? 恐らく、起業かなにかするんと思うけど」
康平「……そっか。だから、坂下さんが社長で出て来ないかを調べたんだ?」
美咲「そう」
康平「やっぱり、どこかに社員として働いてるってことかな?」
尚も、スマホを操作し続ける美咲。
美咲「まあ、会社のホームページを作ってないだけかもしれないけどね」
康平「じゃあ、また渋谷で待つしかないよね」
美咲「どんな仕事をしてるか、わかるだけでも結構、絞れるんだけどなぁー」
康平「うーん」
スマホを操作している美咲の手が止まる。
康平の方にスマホを見せる美咲。
美咲「康平。見て見て、この記事。東京の自殺者、去年より減少傾向だって。命警備隊のお陰なんじゃないの?」
康平「……うーん。どうだろ? 単に悩む人が少なくなっただけじゃないかな」
美咲「この不景気に? それはないって」
康平「とにかく、自殺する人が少なくなったっていうのはいいことだよ。理想を言えば、命警備隊みたいな活動は必要なくなるようになればいいんだけどね」
美咲「うー。自分はたくさん助けてるからって、余裕の発言ね。あたしは、まだ一人も助けてないのに、命警備隊が解散なんて許せないっての!」
その時、後ろから啓太が走ってくる。
啓太「康平さん! 心配したっすよー!」
啓太が後ろから抱き付いてきて、康平と共に転ぶ。
啓太「電車にはねられたって聞いたときは、生きた心地がしなかったっす!」
康平「うん。わかったから、とにかく、離してくれないかな? ……痛い」
美咲「怪我人に追い打ちをかけるなんて、良い趣味してるわ」
康平「美咲さんが、その台詞を言うんだ……」
啓太「あ、すいませんっす」
啓太が慌てて康平を放す。
康平と啓太が立ち上がる。
啓太「(泣きながら)ホント、無事で良かったっすよ。康平さんには、助けてもらっただけじゃなくて、生き甲斐までもらいました。そんな康平さんに、恩も返せないまま死なれたら、立つ瀬無いっすよ!」
美咲「生き甲斐?」
啓太「そうっす! 命警備隊は、俺にとっての生き甲斐なんっすよ! こんな俺でも、人を助けることができるんっすから!」
美咲「(康平に)だってさ」
康平「啓太。心配かけて、すまなかったね」
啓太「いいんっすよ! 生きててくれただけで、俺は嬉しいっす!」
美咲「あ、そうだ。あんたさー、活動以外の時間って、暇だったりする?」
啓太「デートの誘いっすか!」
康平「いや、何でもないよ。それより啓太、、総武線の方を見てきてくれないかな?」
啓太「え? あ、はい。別にいいっすけど」
啓太が不思議そうな顔で歩き去っていく。
美咲「別に手伝わせればいいじゃない。あいつなら、きっと喜んで協力すると思うよ」
康平「……啓太には、これ以上、大変な思いをさせたくないんだ」
美咲「……ふーん。ま、康平がそういうなら、あたしは別にいいけど」
康平「……」
康平が啓太の後姿をジッと見ている。

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