【ドラマシナリオ】見えない終着駅②

○  山手線・神田駅
電車を待つ人の列。
二人組の男がその列を見ながら歩く。
一人は命警備隊のバッチを付けている。

○  都営大江戸線・高田馬場駅
ホームの端で、青ざめた顔で立っている中年男性。
電車がやってきた瞬間に、飛び出そうとする。
それを止める命警備隊の女性。

○  総武線・秋葉原駅
康平と美咲が、駅のホームにいる人たちを見て回っている。
美咲「うーん。今日もいないわね」
康平「……いいことだと思うけど」
美咲「冗談じゃないわよ。あたしがつまらないじゃない。ねえ、新橋の方に行こうよ。サラリーマン多いしさ」
康平「別のメンバーが行ってるよ。僕たちの担当はここなんだから、動かないで」
美咲「あーあ、面白くない。……そういえばさ。康平はなんで、命警備隊を始めたの?」
康平「え?」
美咲「康平が最初に始めたんでしょ?」
康平「……それは」
美咲「ま、言いたくないならいいんだけど」
康平「ごめん……」
美咲「別に謝ることじゃないって」
康平「幸田……美咲さんは? どうして、手伝ってくれる気になったの?」
美咲「なによ? 自分は答えないくせに、人には答えろって?」
康平「……ごめん」
美咲「一緒よ」
康平「え?」
美咲「あたしも、命警備隊の連中と一緒。……きっと、傷を舐めあいたいんだと思う」
康平「……」
美咲「連中ってさ、結局、皆、一度は自殺しようって思ったんでしょ? 全員が心に傷を持ってる。みんな同じ引け目を持ってるから、対等でいられるのよね、きっと」
康平「でも、それは……」
美咲「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、別に否定してるわけじゃないわよ。逆に素敵って思えるくらい。世間って案外、負い目を持ってる人間に冷たいのよね」
康平「……」
その時、駅員のアナウンスが入る。
駅員「電車が参ります。白線より下がってお待ちください」
康平がチラリとホーム方を見る。
目の端に、金田耕三(47)が青ざめて立っているのが見える。
フラフラと前に歩き出す男。
康平「!」
康平が走り出す。
美咲「え? なに? どうしたの?」
男は尚も、前に出続ける。
駅員「危ないですので、下がってください!」
康平が走り、男に向かって手を伸ばす。
電車がホームに入ってくる。
男が電車に飛び込もうとする。
康平が男の背中を掴み、引っ張る。
康平「早まっちゃダメです」
金田「はっ、離してくれ!」
金田が康平の手を払いのける。
反動で男と入れ替わるようにして康平が前へと出てしまう。
美咲「危ないっ!」
電車のブレーキ音が鳴り響く。
康平が電車に接触し、弾けるようにして後ろに吹き飛ぶ。
女「きゃーーー!」
男「飛び込んだぞ!」
康平がゴロゴロと転がる。
美咲「康平!」
美咲が駆け寄り、康平の顔を覗き込む。
目を開く康平。
金田が康平を睨んでいる。
金田「邪魔しやがって。……もしも、最悪なことになったら、お前のせいだからな」
金田が走って逃げていく。
それを見て、目を閉じる康平。
暗転。
美咲の声「康平!」

○  康平のアパート・部屋
部屋は最低限の生活必需品しか置いていないので殺風景。
右腕にギブスをした康平がベッドに座っていて、それを、腕を組んで見下ろしている美咲。
美咲「馬鹿」
康平「……返す言葉もございません」
美咲「なに? あんた、死にたいの? あたしが、止め刺してあげようか?」
康平「……勘弁してください」
美咲「ま、いいわ。説教はまた今度にしてあげる。怪我人だしね」
康平「……まだ続くんだ」
美咲がキッと康平を睨む。
美咲「やっぱり、あんた、少し……いや、大分異常よ。なんで、あそこまでするわけ?」
康平「……」
美咲「今回はたまたま、ヒビが入っただけで済んだけど、死んでてもおかしくなかった」
康平「……」
美咲「そりゃ、会ったばっかりのあたしなんかに言いたくないのはわかるけどさ。けど、警備隊はあんたでもってる。あんたへの感謝がみんなを繋いでるのよ。だから、もし、あんたが今、倒れたら、警備隊は……」
康平「電車に飛び込んだんだ」
部屋の端に、簡易的な仏壇が置いてあり、五十代の男性(康平の父)の位牌がある。
それをジッと見る康平。
美咲が驚いたように目を開く。
康平「父さんは小さな会社を経営してた。でも、五年前、社員の一人が顧客リストを盗んで他の会社に売ったんだ。そのせいで、会社は潰れた。父さんは会社のことよりも、長年一緒に働いていた人に裏切られたことがショックみたいだったんだ」
美咲「それで、自殺を?」
康平が頷く。
康平「一瞬の気の迷いだったと思う。家族に迷惑が掛からないように、借金や身の回りの整理が終わって、緊張の糸が切れたんだよ。きっと」
美咲「……」
康平「僕は、父さんのような人を助けたい。そう思って、命警備隊の活動を始めたんだ」
美咲「立派だと思うわ」
康平が短く息を吐き、首を左右に振る。
康平「今回のことで気付いたんだ。僕は人を助けたいんじゃない。あの時、父さんを助けられなかった自分から逃げて、自分が救われたかっただけだったんだ」
美咲「そんなことない!」
康平が顔を上げて、美咲を見る。
美咲「普通は、できないわよ。無償で他人の命を救うなんてさ」
康平「ありがとう。そう言ってもらえると、なんだか、気が楽になったよ」
康平がスッと立ち上がり、上着を着る。
美咲「なに? 出かける気?」
康平「駅に」
美咲「……もしかして、活動する気?」
頷く康平。
美咲「ばっかじゃないの! 今日くらいは休みなさいよ!」
康平「でも……仕事まで少し時間もあるし」
美咲「仕事も休みなさいよ。……って、そういえば、仕事何してんの?」
壁にかけている警備員の制服を見る康平。
康平「ビルの警備員。深夜限定の」
美咲「あんた、警備してばっかりね」
康平「はは……」
美咲「なんで、深夜限定? 眠くない?」
康平「終電から始発までの時間の仕事って、少ないから……」
美咲がため息をついて、手で顔を覆う。
美咲「筋金入りの馬鹿だ。警備隊に人生、かけてんじゃん」
康平「(頭を掻いて)いやぁ……」
美咲「褒めてないから!」
美咲がガシガシと頭を掻く。
美咲「あーもう! 仕方ないわね」
康平が不思議そうに首を傾げる。
美咲「この際だから、体も心もリフレッシュさせなさい」
康平「……どういうこと?」
美咲「たまには何も考えず、パーッと遊びなさいってこと」
康平「急に遊べって言われても……」
美咲「大丈夫。あたしもついて行ってあげる」
康平「え? 美咲さんが?」
美咲が康平の頬をつねり上げる。
美咲「なに? 嫌なの?」
康平「……」
康平が迷惑そうな表情をする。

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