【ドラマシナリオ】見えない終着駅⑤

○  公園(夜)
康平が一人、ベンチに座っている。
康平「……」
茫然とした表情で空を見上げている。
康平の携帯が鳴る。
電話を取る。
康平「……はい。……はい。……え?」

○  テレビの画面
ニュースが報道されている。
アナウンサー「世田谷区のアパートの一室で、星谷菊代さん、七十四歳が鋭利な刃物で刺され、死亡しているのが発見されました。菊代さんの孫であり、同居人の星谷啓太さん、二十四歳の行方がわからず、事件に何かしらの関係があるとみて、警察は星谷啓太さんの行方を探しています。菊代さんは痴ほう症で、毎晩のように徘徊する姿が……」

○  葬儀場・控室
喪服姿の人たちが暗い顔で、座っている。
その中には康平と美咲もいる。
男性1がリモコンで、テレビを消す。
男性1「くそっ! 啓ちゃん、なんで自殺なんて!」
男性2「よりによって、電車に飛び込むなんてなぁ……」
男性1「相談してくれりゃ、良かったのに。俺たち、仲間だろ……」
康平が俯きながら、つぶやくように話す。
康平「啓太はね。……ノリが良くて軽い性格って思われがちだけど、物凄く真面目で、人一倍責任感が強かったんだ」
美咲「……」
康平「おばあちゃんのことだって、弱音を吐かずにずっと介護してきた。周りの人だって大変だって知ってるから、頼ろうとしなかったんだ」
美咲「……」
康平「(顔を上げて)でも……そんな啓太が、初めて僕に相談しようとしてたんだ。……そのチャンスを、僕はふいにした」
美咲「……康平」
康平「啓太を殺したのは僕だ」
美咲「そんなこと……ないよ」
康平「笑っちゃうよね。何が、命警備隊だよ。……仲間一人の命すら、救えない」
美咲「……」
康平が立ち上がり、部屋を出て行く。
その後姿を黙ってみているしかない美咲。

○  康平のアパート・部屋
魂が抜けたような状態で、ベッドに座っている康平。
髭が伸び、頬もやつれている。
そのとき、チャイムが鳴る。

○  同・玄関
ドアを開けると、買い物袋を両手に持った美咲が立っている。
美咲「(康平の顔を見て)……やっぱり。あのね。悩むのはいいけど、ちゃんと食べなさいよね。体、壊したら、どうするのよ?」

○  同・部屋
テーブルに、おかゆが入っちゃ茶碗とスプーンが置かれている。
向かい合わせに座る康平と美咲。
美咲「どうせ、あれから何も食べてないんでしょ? いきなり固形物を入れたら、胃がビックリするから、まずはおかゆの方がいいと思う」
康平「……」
美咲「あ、言っておくけど、食欲ないとか、後で食べるとかは認めないから。無理やり食べさせるの手間だから、できれば自分で食べて欲しいんだけど」
康平「(小さく微笑んで)……ありがとう」
スプーンを手に取り、食べ始める。
美咲「命警備隊だけど、何人か、活動を休止するって申請があったみたい。でも、残った人たちで活動は続けていくって話よ。……康平も、落ち着いたらでいいから、顔くらい出してあげた方がいいと思う。みんな、心配してたから」
康平「……うん」
美咲「あ、そうだ」
美咲がカバンから、メモ帳を出す。
美咲「坂下の会社だけどさー。聞いて、驚くと思う。あいつ……」
康平「ごめん。美咲さん。……今は、そっちのこと、考えられない」
美咲「……そっか。そりゃ、そうだね。……ごめん」
パタンとメモ帳を閉じる美咲。
康平「……」
美咲「……」
二人とも無言の中、康平が機械のようにおかゆを食べている。

○  目黒駅・ホーム
電光掲示板に『人身事故により、電車が遅れております』と表示されている。
それを茫然と見上げている康平。
青年1「っんだよ! くそっ! 電車遅れてんじゃん。急いでんのにさ」
青年2「死ぬなら、人に迷惑かけないで、ひっそりと死ねって思うんだよね」
康平「……」
ジッと、青年の方を見る康平。

○  同
虚ろな目をした康平がホームに立っている。
駅員「電車が参ります。白線より下がってお待ちください」
康平がフラリと前に出る。
電車がやってくる。
目をつぶり、電車に飛び込もうとする。
しかし、後ろに引っ張られ、尻餅をつく。
目の前を電車が通過する。
振り向くと、そこには美咲が立っている。
美咲の目には涙が浮かんでいる。
美咲が康平の頬を叩く。
美咲「馬鹿! なにやってるのよ!」
康平「……美咲さん」
美咲「人を救いたいんじゃないの? お父さんみたいな人を助けたいんでしょ! それなのに、あんたが死んでどうすんのよ!」
康平「……」
美咲の目からボロボロと涙が流れる。
美咲「……馬鹿みたい。こんな口先だけの奴に人生、救われたなんて」
康平「……え?」
美咲「……初めて会った、あの時。あんたがあたしに声を掛けてくれた、あの日。あたしは自殺しようとしてた」
康平「……」
美咲「結婚を約束してた人がいてさ。そいつと結婚するために、お金を貯めてた。でもさ、あいつはそのお金を持って、あたしの前から消えた……。しかも借金を残して」
康平「美咲さん……」
美咲「最初はさ、あいつ、見つけてぶん殴ってやろうって考えたけどさ。急に、何もかもが馬鹿らしくなって、虚しくなって、あたし、なんで生きてんだろ? そう思った瞬間、電車に飛び込もうとしてたんだ」
康平「……」
美咲「でも、あんたたちに会って、命警備隊やってさ。あたしにも生きてる意味があるのかなって思えて……嬉しかった。啓太が言ってたでしょ。命警備隊が生き甲斐だって。あれ、あたし、わかる気がするんだ」
康平「美咲さん、僕は……」
美咲「あんたには生きてて欲しい。これはあたしの自分勝手な想いだよ。あんたが、生きてるのが死ぬよりも辛いって思ってても、あたしは何度でも助ける。例え、あんたに恨まれたとしても、ね」
康平「……美咲さん」
美咲「あーあ。なんか、柄にもないこと、言っちゃった。恥ずかしいから、忘れてね」
美咲がそう言って、立ち去っていく。
康平「(美咲の後姿を見て)……」

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