【ラジオドラマシナリオ】初めての日
- 2019.05.18
- ボイスドラマ(10分)
■概要
主要人数:2人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
拓也
修造
■台本
拓也(N)「僕のおじいちゃんはアグレッシブな人だ。挑戦することが好きで、七十を超えた今でも、世界を飛び回っている。以前、テレビの取材でインタビューを受けたときは、こんなことを言っている」
修造「私は挑戦が好きというわけではありません。できることが多くなる、経験が増えていくことに喜びを覚えるのです。よく人からは、そんな年から始めて、意味があるのか、なんて言われますけどね、そんなことは関係ないんですよ。だって、経験が増えていくことに年齢は関係ありませんよね」
拓也(N)「僕はおじいちゃん子で、よくおじいちゃんと一緒に色々なところに連れて行ってもらった。まあ、おじいちゃんと一緒にいれば、たくさん旅行に行ける、なんて打算もあったのだけど」
修造と拓也が山道を歩いている。
拓也「はあ……はあ……はあ……。おじいちゃん、少し休もうよ」
修造「どうした、拓也。もう降参か?」
拓也「降参ってわけじゃないけど……。もう、体力の限界」
修造「はっはっは。わかった。じゃあ、少し休もう」
修造と拓也が座る。
拓也「はあ……はあ……はあ……」
修造「ほれ、拓也。水だ。ゆっくり飲みなさい」
拓也「ありがとう(水を飲む)。ぷはー! 生き返る」
修造「はっはっは。だろう? こういう一時もまた、登山の魅力の一つだよ」
拓也「うーん。魅力って……。単に辛い思いしたから、水が美味しく感じただけだよ」
修造「辛い思いをしたからこそ、いつもはなんてことのない水が、こんなにも美味しく感じる。そういう体験ができる、っていうのが魅力なんだよ」
拓也「でもさあ、別に登山じゃなくてもいいんじゃないの? 例えばスポーツとかさ」
修造「そうだな。もちろん、スポーツをした後の水も格別に上手い。でも、見てご覧、拓也。ここからの風景を」
拓也「風景? ……うわあ」
拓也(N)「おじいちゃんに促されて見た風景は、僕が見てきた中でも、格段に綺麗なものだった。山の青々とした木々。遠くに見える町並みも、相まって、まるで絵画のようだった」
修造「この風景もまた、水を美味しくさせる要素の一つだよ。だから、今は登山がマイブームなんだ」
拓也「ねえ、おじいちゃん。最近はよく色々な山に登ってるけど、目標はどの山なの? 富士山? まさか、エベレストとか言うんじゃないよね?」
修造「目標? そんなのはないなぁ」
拓也「え?」
修造「今、私は山に登りたいから登る。それだけだよ」
拓也「それだけって……。普通、目標があるからこそ、何かを頑張れるんじゃないの?」
修造「はっはっは。拓也、私はね、頑張ってるつもりは微塵もないんだよ。大体、私は人一倍、根性なしだからね」
拓也「……根性なし? おじいちゃんが?」
修造「どうした、拓也。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
拓也「信じられない。おじいちゃんが根性なしなんて。僕よりも、絶対、根性があるよ」
修造「はっはっは。いいかい、拓也。私は頑張ってるんじゃないんだ。楽しんでるんだよ」
拓也「楽しんでる?」
修造「そう。言ってみれば、毎日、遊び回ってるだけなんだ。遊びには頑張りは必要ない。必要なのは集中力ってところかな。まあ、楽しいから夢中になるってところだ」
拓也「うーん。よくわからない……」
修造「そのうちわかるさ。私なんかは、拓也がやってる、アルバイト? そんなのは、一時間だってやれる自信がない。よっぽど、拓也の方が根性あるんだよ」
拓也「そうかなぁ? でも、たしかにおじいちゃんは飽きっぽいよね」
修造「飽きっぽい?」
拓也「うん。だって、すぐに飽きて、他のことをすることが多いよね?」
修造「まあなあ。たしかに飽きっぽいというのがあるかもしれないが、どちらかというと、新しいことをすることが好きなだけなんだ」
拓也「どういうこと?」
修造「初めてやることは、本当に新鮮な感じなんだよ。新しい経験を積める。これはなんとも言えない、興奮と楽しさがあるんだ。だから私は、初めての日が一番好きだよ」
拓也「でもさ、登山は? 結構、色々な山に登ってるよね? 初めての新鮮さはないんじゃないの?」
修造「たしかに、初めて登山をした日よりは、興奮は少ないな。けれど、新しい山に登ると、新しい風景が見られる。それも十分、新鮮だよ。だから、私は同じ山には登らないんだ」
拓也「なるほどね」
修造「さてと、それじゃあ、そろそろ行こうか」
修造と拓也が歩き始める。
拓也「ねえ、おじいちゃん。今まで、やらなきゃよかったってことある?」
修造「ん? んー。ないかな。新しく始めるものはどれも、新鮮で面白いからね」
拓也「そっか」
修造「あー、でも、続けようと思わないものはたくさんあるなぁ」
拓也「どんなこと?」
修造「柔道だな。初めての日は、それは楽しかったんだが……次の日が地獄でな。身体がボロボロになってしまって、三日、動けなかった。もう少し若い頃にやれば、また違っていたかもしれないが、もうやりたいとは思わないな」
拓也「うーん。たしかに、七十歳で柔道始めるのは厳しいよ。僕でも遅いくらいなのに」
修造「いやいや。月並みな言葉だが、物事を始めるのに、遅いなんてことはないんだ」
拓也「でも、柔道は?」
修造「いいかい、拓也。たしかに、その道の一流になるのだとしたら、遅い早いはあるかもしれない。けれどね、楽しむのなら、いつ始めても同じだ。いや、逆に年を取ってからやってみる方が、奥の深さがわかることもある」
拓也「たとえば?」
修造「書道なんかは、そうだな。きっと、若い頃にやってたとしたら、今ほど面白いとは思わなかったと思う。だから、逆に若い頃にやってなくてよかったと思うよ。今始めたからこそ、充実した初めての日を経験できた」
拓也「それじゃ、今更始めるのは……なんて考えなくていいってこと?」
修造「もちろんだよ。楽しそうと思ったなら、やってみる。やってみて楽しかったら続ける。つまならかったら、止めればいい。趣味なんてものは、そのくらいのものでいいんだよ」
拓也「そっか……」
修造と拓也が立ち止まる。
修造「さあ、拓也。見てご覧。頂上だ。さっきよりも景色がいいだろう?」
拓也(N)「そのとき、おじいちゃんと見た、頂上での風景。その風景を、僕は一生忘れない」
ガラガラとドアが開く音。
拓也「おじいちゃん、来たよ。元気にしてた」
修造「おお、拓也。来てくれたのか」
拓也「はい。本の差し入れ。おじいちゃんの好きそうなのを選んだよ」
修造「ありがとう。やはり、病院だと、新しいことをやれるのは読書くらいだからなぁ」
拓也(N)「体調を崩したおじいちゃんを、嫌がるのを無理やり病院に連れて行くと、即入院となった。……医者の話だと、もう長くないとのことだ」
拓也「それにしても、おじいちゃん、物凄い量の本だね。古本屋でもやる気なの?」
修造「ああ、古本屋かぁ。いいなぁ。退院したらやってみたいな」
拓也「そうだよ。早く元気になって、またいろいろな所に連れてってよ」
修造「そうだなぁ。早く、また色々な初めてを体験したいな」
拓也(N)「弱り切って、やせ細った身体で、おじいちゃんはそう言って笑った。僕はそのとき、涙を耐えるので精いっぱいだった。そして、その夜、おじいちゃんの容体が急変した」
拓也がバタバタと走る。
ドアが開く音。
拓也「おじいちゃん!」
修造「お、おお……拓也……か。来て……くれたん……だな」
拓也「おじいちゃん、死んだら嫌だよ!」
修造「はっはっは……。何を泣いているんだ」
拓也「嫌だよ、お願い、死なないで。まだまだ、やりたいこと、たくさんあるんでしょ」
修造「ああ……そうだな……」
拓也「早く元気になって、また一緒に初めての日をたくさん、経験しよ。ね?」
修造「拓也……。泣かなくていい……。私はね、嬉しいんだ」
拓也「え?」
修造「拓也……。私は……一足先に始めるが、お前は……まだまだ、経験するのは……ずっと先でいいからな」
拓也「おじいちゃん?」
修造「ふふ……。最後の経験……。今日は……死ぬことの……初めての日だ」
拓也(N)「おじいちゃんの死に顔は、笑顔だった。おじいちゃんに言われた通り、僕がそれを経験するのはずっと先。それまでは、たくさん色々なことを経験しようと思う。あっちに言ったら、僕のたくさんの初めての日のことを聞かせてあげるね」
終わり
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