【声劇台本】素敵な暗示

〈前の10枚シナリオへ〉  〈次の10枚シナリオへ〉

〈声劇用の台本一覧へ〉

■ジャンル
ボイスドラマ、現代劇

■キャスト
葛原 莉子(17)学生
世渡 樹 (17)莉子の幼馴染
糸谷 令香(17)学生の同級生
占い師  (?)

■台本

莉子(N)「私は恋愛小説が好き。でもラストがバッドエンドになるものは大嫌い。……お話の中くらいはハッピーエンドであってほしいから。だって、現実はいつもバッドエンドになるものなんだから」

  学校の廊下を歩く莉子。
  後ろから樹が走ってくる。

樹「おう、莉子。今日も早いな」
莉子「……」
樹「なんだよ、また無視か。なあ、俺、なんかお前を怒らせたか?」
莉子「いっちゃ……。世渡くんさ。あんまり話しかけないでって言ったよね?」
樹「……だから、なんでだよ」
莉子「なんでって……。ほら、私なんかと話してたら、世渡くんの評判、悪くなるから……」
樹「はあ? なんでお前と話したら、俺の評判が悪くなるんだよ」
莉子「とにかく、話しかけないで。特に学校じゃ、絶対に。誰が見てるかわからないんだから」
樹「なあ、莉子。お前、いつから俺のこと、名字で呼ぶようになったんだっけ?」
莉子「……もう高校生だもん。昔とは違うよ」
樹「俺は……変わらないけどな」
莉子「変わったよ。色々と」
樹「まあいいや。じゃ、またな」

  樹が走り去っていく。

莉子「(つぶやくように)ホント、いつ、こんなんになっちゃったんだろ」
令香「くーずーはーら」
莉子「あっ……糸谷さん。お、おはよう……」
令香「言ったよね? 樹くんと話すなって」
莉子「ご、ごめん……」
令香「あんたみたいな根暗と樹くんが仲いいなんて、あり得ないから」
莉子「う、うん。……ごめん」
令香「あんた、本当にウザい。樹くん、なんでこんなやつのこと、構うんだろ。あれかな? 可哀そうだから、情けで話しかけてあげてるとか? 樹くん、優しいから」
莉子「そ、そうかも」
令香「樹くんの優しさにつけ込むなよ、根暗」
莉子「ごめん……」
令香「あのさ、クズ原。無理に学校に来なくていいんだからね。誰も困らないし。いつでも登校拒否してもいいから」
莉子「……」

莉子(N)「現実はいつも残酷。こんな私が幸せになれるなんて、きっと、作りもののストーリだけなんだ」

  莉子が本屋から出てくる。

莉子「はあ……。やっぱり、予約しておけばよかったな……。五年ぶりの新作だもんね。あーあ、読みたかったな……」

  しょんぼりとしながら街中を歩く莉子。
  ぴたりと足を止める。

莉子「あれ? こんなところに、占いのお店なんてあったっけ……。えっと、悪い運気を変えます? なにこれ。胡散臭い……」

  しばらく、考え込む莉子。

莉子「たしかに、なんか運気悪いし。試しってことで……」

  店に入っていく莉子。

占い師「正直になることです」
莉子「そ、それが出来たら……苦労しません」
占い師「わかりました。どうやら、強い暗示が必要みたいですね」
莉子「暗示って……あなたは占い師ですよね?」
占い師「今日はこの水晶を抱いて寝てください。明日一日だけ、他人の姿になれることができます」
莉子「……」
占い師「他人の姿であれば、気にすることなく、本当の気持ちも伝えられますよね?」
莉子「はあ……」

莉子(N)「胡散臭い……。占いって言ってたのに、騙された。やっぱり、不運って続くものみたい。でも、まあ、試しってことで……」

  学校のチャイムが鳴る。
  ※ここより、莉子は令香の声で。

令香「うそ……。私、糸谷さんになってる」

莉子(N)「それはホントに、ちょっとした出来心だった。単なる憂さ晴らし。くだらない仕返し。いつも私が糸谷さんにやられていることに比べれば、なんてことないはず……」

樹「……なに? 話って」
令香「あ、あの……世渡くん。私とお付き合いしてください」
樹「……は?」

莉子(N)「私の復讐。それは、世渡くんに告白してフラれること」

樹「……えっと、聞きたいんだけど、本気で言ってるの?」
令香「あ、う、うん。もちろん」
樹「……そっか。わかった。いいよ」
令香「え?」
樹「付き合おうよ」

  街中を歩く、樹と令香(莉子)。

莉子(N)「どうしてこうなっちゃんだろ。……糸谷さんのこと、好きだったのか。私、バカみたい。これじゃ復讐どころか、手伝っただけじゃない……。やっぱり、現実は残酷だ」

令香「あのさ、世渡くん」
樹「名字で呼ぶの止めねえ? ほら、えっと……付き合ってるんだしさ」
令香「そ、そうだね。じゃあ、いっちゃん。本当に、いいの? 私と付き合って。実は嫌とか、気を使ってとかじゃないの?」
樹「俺は嬉しいかな。お前と付き合えて」
令香「……そっか。そうだよね」
樹「けど、やっぱ、こういうのって、男から言うべきだよな。ごめんな、言わせる形になっちゃって」
令香「……」
樹「やっぱ、怒ってる?」
令香「……ううん。違うの。私、バカみたいだなって」
樹「なんで?」
令香「今になって、はっきり気づいちゃった。私、本当にいっちゃんのこと、好きだったんだって」
樹「……」
令香「私、ずっといっちゃんのこと、好きだったけど……でも、私なんかじゃ、いっちゃんに釣り合わないって……。だから、遠くから見てるだけでよかった」
樹「……」
令香「適わない恋だってわかってたけど……。でも、いっちゃんが他の誰かと付き合うなんて見たくなかった」
樹「……」
令香「ごめん。今日はもう帰るね」
樹「え?」
令香「いっちゃん、幸せにね。さよなら」

  令香(莉子)が走り出す。

莉子(N)「その日はすっごく泣いた。どんな悲しい物語を読んだときよりも。どんな感動した物語を読んだときよりも。……やっぱり、現実は残酷だ。ハッピーエンドになんか、ならない」

  学校のチャイムが鳴り響く。

莉子「はあ……。私、なんで学校来てるんだろ。……明日から、登校拒否しようかな」

  後ろから樹が走ってくる。

樹「よお、莉子。おはよう」
莉子「……いつも言ってるよね? 話しかけないでって」
樹「はあ? なんでだよ」
莉子「だから、私なんかと話してたら、世渡くんの評判が」
樹「いやいや。付き合ってるのに、評判もなにもなくないか?」
莉子「え?」
樹「それに、昨日も言ったよな。付き合ってるんだから、名字で呼ぶの止めようって」
莉子「え? え? え?」
樹「あ、もしかして、いきなり学校帰りっていうのは配慮足りなかったな。そうだよな。初デートだもんな。次の休みにちゃんとやろう」
莉子「……あっ」
樹「どうした?」
莉子「(涙ぐんで)う、ううん。なんでもない」

莉子(N)「……ふふ。こんな私でもハッピーエンドなんて、あり得るんだ。現実も素敵なことが起きることがあるんだね。……本当に、ありがとうございました。今日の帰り、お礼を言いに行きますね」


終わり

〈前の10枚シナリオへ〉  〈次の10枚シナリオへ〉