【声劇台本】紅
- 2020.10.30
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:2人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
湊(みなと)
美月(みづき)
■台本
湊(N)「昔、俺は夕日が嫌いだった。昼が終わり、夜が来ることのお知らせ。夕日は俺にとって、遊びの終わり、遠回しに家に帰れという命令のように感じた。だけど、あいつは笑いながら言った。夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間だよ、と。だから、それから少しだけ、俺は夕日が好きになったんだ」
ゆっくり自転車を漕いでいる湊。
美月「湊―!」
ブレーキをかける湊。
走り寄ってくる美月。
美月「はあはあはあ。やっと追いついた」
湊「あれ? 美月、今日は一人か?」
美月「うん、そだよ」
湊「あいつは?」
美月「引っ越しの準備。まだ終わってないんだって」
湊「おいおい。大丈夫なのか? 明日だろ?」
美月「仕方ないから、私も手伝ってあげるつもり」
湊「ったく、あいつらしいな。しっかりしてるようで、そういうとこはズボラだよな」
美月「最近はずっと夜遅くまで論文書いてたみたいだよ」
湊「高校生のやることじゃねえな」
美月「ははは。まあ、それだけ気合い入ってるってことで」
湊「ふーん。で?」
美月「で、って?」
湊「そんなことを言うために、わざわざ走ってきたのか?」
美月「違うよ。一緒に帰ろうって思って」
湊「一緒に?」
美月「嫌?」
湊「別に嫌じゃないけど」
美月「なら、決まりね」
湊「……お前は大丈夫なのか?」
美月「うん。よゆー」
湊「そっか」
美月「じゃ、後ろ、乗っけてもらうね」
美月が自転車の後ろに乗る。
湊「うお! 重い」
美月「うわー、そういうこと、年頃の女の子に言うかな」
湊「ホントのことだから、仕方ないだろ。現実を見ろ」
美月「ふふふ」
湊「そこ、笑うとこか?」
美月「こんな風に、言いたいこと言うのって湊だけだなーって思ってさ」
湊「そうか? あいつだって言うだろ」
美月「ん? んー。そんなことないよ。最近は特に、かな」
湊「なんだ。あいつも気を遣うってことを覚えたのか。驚きだ」
美月「あははは。湊には言われたくないと思うよ」
湊「うるせえ。そういうお前だって、言いたいこというじゃねーかよ」
美月「……ねえ、湊。そこ曲がって」
湊「はあ? 遠回りになるだろ」
美月「いいから」
湊「メンド臭いから却下だな」
美月「あれ? そんなこと言っていいのかな? 今、湊の無防備の脇腹の運命は私の拳にかかってると思うんだ。ここは素直に私の頼みを聞いた方がいいんじゃない?」
湊「頼みじゃなくて脅しだろ」
美月「ってことで曲がろっか」
湊「はいはい」
少しブレーキをかけて曲がっていく。
美月「いつ以来だろうね。こうやって、しゃべるの」
湊「……そんなに前じゃないだろ。学校でも会うんだし」
美月「学校じゃ、ちょっと話すくらいじゃない。こうやって二人だけで、なんてないでしょ」
湊「……そりゃ、そうだろ」
美月「なんで?」
湊「なんでってそりゃ……なんでだろな」
美月「前までは、三人で遊ぶのが当たり前だったのにね」
湊「前までって、そりゃ小学生のときの話だろ」
美月「あの頃は楽しかったなぁ」
湊「そうだな」
美月「湊が無茶して、巻き込まれて私たちが怒られて……」
湊「その後、お前らに文句言われたあげく、お菓子を奢らせられたんだよな」
美月「奢らせたって、10円とか20円とかでしょ」
湊「あの頃の小遣いじゃ、大金だったんだよ」
美月「あの頃はさ、100円持ってたら、贅沢できたよね。今だと、下手したら一袋も買えないからね」
湊「駄菓子店も見なくなったもんな」
美月「時代は変わってくね」
湊「そりゃそうだろ」
美月「そう考えたら、当たり前か……」
湊「なにがだ?」
美月「私たちの関係が変わるのもさ」
湊「……お菓子と同じかよ」
美月「もう、戻れないのかな?」
湊「無理……だろうな」
美月「そっか……」
湊「けどさ」
美月「ん?」
湊「悪いことばっかじゃないんじゃないか? 変わることも、さ」
美月「そうかな?」
湊「そうだろ。特にお前はさ」
美月「うーん。どうなんだろ?」
湊「おいおい……」
美月「あ、ちょっと待った!」
慌てて急ブレーキをかける湊。
湊「なんだよ、急に」
美月「ねえ、あそこ、登ろ」
湊「高台か……」
美月「ね、お願い」
湊「わかったよ」
美月「じゃあ、しゅっぱーつ」
湊「いや、しゅっぱーつじゃねえ。降りろよ」
美月「何言ってるのよ。こういうときは、男が頑張るところじゃない」
湊「最近だと、そういうのはジェンハラっていうらしいぞ」
美月「へー、すごい。湊、そんな言葉知ってるんだ。じゃあ、頑張って漕いで」
湊「聞けよ、人の話……。くっ……」
自転車を漕ぐ湊。
場面転換。
湊「はあ、はあ、はあ、はあ……」
美月「いやー、絶景かな絶景かな」
湊「吐きそうだ」
美月「ダラしないわね。体力落ちたんじゃない?」
湊「お礼の一つも言えないのかよ」
美月「よく頑張った。偉い偉い」
湊「それはお礼じゃねえ。さらに、上から目線なのが腹立つ」
美月「あ、見て、湊。夕日」
湊「……」
美月「昔さ、夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間って言ったの覚えてる?」
湊「……忘れた」
美月「明日会う約束……しよっか」
湊「……破ること確定してる約束、する意味あるのか?」
美月「何もかも、変わっちゃうなぁ。夕日は変わらないのに」
湊「……夕日が変わったら大変だろ」
美月「湊は捻くれてるね。そんなんじゃ、モテないぞ」
湊「うるせー」
美月「……こんな軽口は言えるのに、大事なことって言えないよね」
湊「……そうかもな」
美月「昔みたいに、なんでも言い合える関係に……戻りたかったな」
湊「……」
美月「よし、じゃあ、帰ろっか」
湊「な、なあ……美月」
美月「ん?」
湊「お、俺さ……お前のこと……」
美月「ダメ!」
湊「……」
美月「あのね。私、湊との思い出は笑顔のまま終わりたいの。だから……お願い。ね?」
湊「……悪かった」
美月「って、ちょっと大げさだったね。二度と会えないわけじゃないのにさ」
湊「そうそう会えないだろ。アメリカだぞ」
美月「うーん。次、会うときは名字が変わってるかな。お互い」
湊「ああ。お前に負けない良い女見つけて、びっくりさせてやるよ」
美月「あはは。楽しみにしてるよ。……それじゃね」
湊「ああ。それじゃな」
美月が歩いていく。
湊(N)「夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間。この言葉で、俺は夕日を少しだけ好きになった。だけど、今日は、この言葉で、俺は夕日が少しだけ嫌いになった」
終わり
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