【声劇台本】紅

【声劇台本】紅

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■概要
人数:2人
時間:10分程度

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
湊(みなと)
美月(みづき)

■台本

湊(N)「昔、俺は夕日が嫌いだった。昼が終わり、夜が来ることのお知らせ。夕日は俺にとって、遊びの終わり、遠回しに家に帰れという命令のように感じた。だけど、あいつは笑いながら言った。夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間だよ、と。だから、それから少しだけ、俺は夕日が好きになったんだ」

  ゆっくり自転車を漕いでいる湊。

美月「湊―!」

  ブレーキをかける湊。

  走り寄ってくる美月。

美月「はあはあはあ。やっと追いついた」

湊「あれ? 美月、今日は一人か?」

美月「うん、そだよ」

湊「あいつは?」

美月「引っ越しの準備。まだ終わってないんだって」

湊「おいおい。大丈夫なのか? 明日だろ?」

美月「仕方ないから、私も手伝ってあげるつもり」

湊「ったく、あいつらしいな。しっかりしてるようで、そういうとこはズボラだよな」

美月「最近はずっと夜遅くまで論文書いてたみたいだよ」

湊「高校生のやることじゃねえな」

美月「ははは。まあ、それだけ気合い入ってるってことで」

湊「ふーん。で?」

美月「で、って?」

湊「そんなことを言うために、わざわざ走ってきたのか?」

美月「違うよ。一緒に帰ろうって思って」

湊「一緒に?」

美月「嫌?」

湊「別に嫌じゃないけど」

美月「なら、決まりね」

湊「……お前は大丈夫なのか?」

美月「うん。よゆー」

湊「そっか」

美月「じゃ、後ろ、乗っけてもらうね」

  美月が自転車の後ろに乗る。

湊「うお! 重い」

美月「うわー、そういうこと、年頃の女の子に言うかな」

湊「ホントのことだから、仕方ないだろ。現実を見ろ」

美月「ふふふ」

湊「そこ、笑うとこか?」

美月「こんな風に、言いたいこと言うのって湊だけだなーって思ってさ」

湊「そうか? あいつだって言うだろ」

美月「ん? んー。そんなことないよ。最近は特に、かな」

湊「なんだ。あいつも気を遣うってことを覚えたのか。驚きだ」

美月「あははは。湊には言われたくないと思うよ」

湊「うるせえ。そういうお前だって、言いたいこというじゃねーかよ」

美月「……ねえ、湊。そこ曲がって」

湊「はあ? 遠回りになるだろ」

美月「いいから」

湊「メンド臭いから却下だな」

美月「あれ? そんなこと言っていいのかな? 今、湊の無防備の脇腹の運命は私の拳にかかってると思うんだ。ここは素直に私の頼みを聞いた方がいいんじゃない?」

湊「頼みじゃなくて脅しだろ」

美月「ってことで曲がろっか」

湊「はいはい」

  少しブレーキをかけて曲がっていく。

美月「いつ以来だろうね。こうやって、しゃべるの」

湊「……そんなに前じゃないだろ。学校でも会うんだし」

美月「学校じゃ、ちょっと話すくらいじゃない。こうやって二人だけで、なんてないでしょ」

湊「……そりゃ、そうだろ」

美月「なんで?」

湊「なんでってそりゃ……なんでだろな」

美月「前までは、三人で遊ぶのが当たり前だったのにね」

湊「前までって、そりゃ小学生のときの話だろ」

美月「あの頃は楽しかったなぁ」

湊「そうだな」

美月「湊が無茶して、巻き込まれて私たちが怒られて……」

湊「その後、お前らに文句言われたあげく、お菓子を奢らせられたんだよな」

美月「奢らせたって、10円とか20円とかでしょ」

湊「あの頃の小遣いじゃ、大金だったんだよ」

美月「あの頃はさ、100円持ってたら、贅沢できたよね。今だと、下手したら一袋も買えないからね」

湊「駄菓子店も見なくなったもんな」

美月「時代は変わってくね」

湊「そりゃそうだろ」

美月「そう考えたら、当たり前か……」

湊「なにがだ?」

美月「私たちの関係が変わるのもさ」

湊「……お菓子と同じかよ」

美月「もう、戻れないのかな?」

湊「無理……だろうな」

美月「そっか……」

湊「けどさ」

美月「ん?」

湊「悪いことばっかじゃないんじゃないか? 変わることも、さ」

美月「そうかな?」

湊「そうだろ。特にお前はさ」

美月「うーん。どうなんだろ?」

湊「おいおい……」

美月「あ、ちょっと待った!」

  慌てて急ブレーキをかける湊。

湊「なんだよ、急に」

美月「ねえ、あそこ、登ろ」

湊「高台か……」

美月「ね、お願い」

湊「わかったよ」

美月「じゃあ、しゅっぱーつ」

湊「いや、しゅっぱーつじゃねえ。降りろよ」

美月「何言ってるのよ。こういうときは、男が頑張るところじゃない」

湊「最近だと、そういうのはジェンハラっていうらしいぞ」

美月「へー、すごい。湊、そんな言葉知ってるんだ。じゃあ、頑張って漕いで」

湊「聞けよ、人の話……。くっ……」

  自転車を漕ぐ湊。

  場面転換。

湊「はあ、はあ、はあ、はあ……」

美月「いやー、絶景かな絶景かな」

湊「吐きそうだ」

美月「ダラしないわね。体力落ちたんじゃない?」

湊「お礼の一つも言えないのかよ」

美月「よく頑張った。偉い偉い」

湊「それはお礼じゃねえ。さらに、上から目線なのが腹立つ」

美月「あ、見て、湊。夕日」

湊「……」

美月「昔さ、夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間って言ったの覚えてる?」

湊「……忘れた」

美月「明日会う約束……しよっか」

湊「……破ること確定してる約束、する意味あるのか?」

美月「何もかも、変わっちゃうなぁ。夕日は変わらないのに」

湊「……夕日が変わったら大変だろ」

美月「湊は捻くれてるね。そんなんじゃ、モテないぞ」

湊「うるせー」

美月「……こんな軽口は言えるのに、大事なことって言えないよね」

湊「……そうかもな」

美月「昔みたいに、なんでも言い合える関係に……戻りたかったな」

湊「……」

美月「よし、じゃあ、帰ろっか」

湊「な、なあ……美月」

美月「ん?」

湊「お、俺さ……お前のこと……」

美月「ダメ!」

湊「……」

美月「あのね。私、湊との思い出は笑顔のまま終わりたいの。だから……お願い。ね?」

湊「……悪かった」

美月「って、ちょっと大げさだったね。二度と会えないわけじゃないのにさ」

湊「そうそう会えないだろ。アメリカだぞ」

美月「うーん。次、会うときは名字が変わってるかな。お互い」

湊「ああ。お前に負けない良い女見つけて、びっくりさせてやるよ」

美月「あはは。楽しみにしてるよ。……それじゃね」

湊「ああ。それじゃな」

  美月が歩いていく。

湊(N)「夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間。この言葉で、俺は夕日を少しだけ好きになった。だけど、今日は、この言葉で、俺は夕日が少しだけ嫌いになった」

終わり

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