【声劇台本】追懐(ついかい)

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■概要
人数:2人
時間:10分程度

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
総二郎
幸之助

■台本

  喫茶店のドアがカランカランと音を立てて開く。

  総二郎が入ってきて、幸之助の前に座る。

総二郎「待たせてすまなかったね」

幸之助「総二郎。来てくれたんだな」

総二郎「ははは。幸之助の方から会いたいと連絡が来たときは、驚いたよ」

幸之助「それでもちゃんと来てくれるのは君くらいさ」

総二郎「そうかい? 君が本気を出せば、それこそ数千人単位で人を集めることができるじゃないか。……ああ、マスター、コーヒーをお願いね」

幸之助「それは田処の会長に会いに来る人間であって、友人として来てくれる人間はいないよ」

総二郎「それでも人を集められるのはすごいじゃないか。私なんか、せいぜい来てもらえるのは家族くらいだよ」

幸之助「ん? そんなことないだろう。ほら、なんて言ったかな。書生会だったか、その仲間は来てくれるんじゃないのか?」

総二郎「書生会は解散したよ」

幸之助「なぜ? あんなに楽しそうにしてたじゃないか」

総二郎「会員が私だけになってしまってね。みんながみんな、私達のように長生きじゃないのさ」

幸之助「そうか……。すまなかったな。辛いことを思い出させて」

総二郎「いや、久しぶりにみんなのことを思い出せてよかったよ」

幸之助「十年になるか、最後に君に会ったのは」

総二郎「もう、そんなに経つのか。時は経つのが早いな」

幸之助「不思議なものだ。一日一日は過ぎ去るのは長く感じるんだがな。することがないと、一時間が恐ろしく長いな」

総二郎「ははは。君はずっと忙しく働いていたからね。趣味を見つけたらどうだい?」

幸之助「趣味……か。仕事なら、あれだけ色々と意力が湧くのだが、趣味となると腰が重くてな。……私にとって、趣味は仕事だったんだろうな」

総二郎「仕事が趣味、か。そういう君だからこそ、あれだけの大会社を創ることができたんだろうな」

幸之助「それしか頭になかった……。ただ、会社を大きく、お金を儲けることだけが、私の生き甲斐だった……」

総二郎「君はすごいよな」

幸之助「なにがだ?」

総二郎「覚えているかい? 子供の頃……十歳にも満たない頃の誓い」

幸之助「忘れるわけがない。俺は日本一の会社の社長になると、馬鹿の一つ覚えのように言っていたな。……あんなのは誓いでもなんでもない。ただの虚勢さ」

総二郎「そんなことないよ。実際に叶えたんだから。有言実行なんて、なかなかできることじゃない」

幸之助「よしてくれ。日本一なんて、おこがましい」

総二郎「田処を知らない日本人はいない。十分さ」

幸之助「ありがとう。君にそう言ってもらえると、虚無な、この私の人生も、少しは報われる」

総二郎「虚無? はは。何を言ってるんだい? 君ほど輝かしい人生を送れた人はなかなかいないよ」

幸之助「君も後悔しているのか? 自分の人生に」

総二郎「んー、どうだろうね。後悔まではしていないけど、君のことは羨ましいと思っているよ。……あのとき、君とたもとを分かれなければ、君に近い生活が手に入ったんじゃないかってね。……それなりに、お金に苦心した人生だったから。家族にはもう少し豊かな生活を送らせたかったよ」

幸之助「そうか……。なあ、君のところの家族は仲がいいのか?」

総二郎「普通だと思うよ。精々、お正月に集まるくらいだよ」

幸之助「それが普通なのか……。私のところは、今、8年ぶりに親戚が集まったくらいだ」

総二郎「……今、家族が集まっているのかい? それなら、こんなところにいる場合じゃないだろう?」

幸之助「ははは。その家族に追い出されたんだよ、家からね」

総二郎「君は……」

  そのとき、テーブルにコーヒーが二つ置かれる。

幸之助「おっと、ようやく注文が来たな」

総二郎「ここのマスターは相変わらず無口だね」

  幸之助がコーヒーにザーッと砂糖を入れる。

総二郎「あれ? 君、ブラック派じゃなかったかい?」

幸之助「ははは。あれは単に格好つけてたのと、体に気を使ってただけだ。本当は、私は甘党なんだよ」

総二郎「甘党とはいえ、少し入れ過ぎじゃないのかい、砂糖」

幸之助「いいのさ。最近は我慢しないことにしてるんだ」

総二郎「……そういえば、すっかり話が逸れてしまったが、今日、私を呼んだ用件は何だい?」

幸之助「(コーヒーをすすりながら)ただ、話したかった、ではいけないか?」

総二郎「いや、別にいけないわけではないが……合理的な君にしては珍しいと思ってね」

幸之助「やはり、君を選んで正解だったな。……いや、すまない。変なところで虚勢を張る癖は抜けないな。どうやっても、来てくれるのは君しかいなかったというのが本音だ」

総二郎「やっぱり、用事があったんだね」

幸之助「君と話したかったというのも本音さ」

  幸之助がポケットから封筒を出し、テーブルに置く。

幸之助「この封筒を預かってくれないか?」

総二郎「なんだい、これ?」

幸之助「三か月以内に、もう一通、私から手紙を出す。そこに詳しいことを書くから、それまで開けずに持っていてほしい」

総二郎「……随分と遠回しなやり方だね」

幸之助「こんな話を知っているかい? 人は死ぬ際にどれだけ周りに人がいるかで、人生の幸福度が決まる、と」

総二郎「聞いたことあるよ」

幸之助「なあ、総二郎。君と私、どちらが幸福な人生だったんだろうな」

総二郎「はは。比べるほどでもないだろう。百人中百人全員が、君の人生を望むはずさ」

幸之助「……それじゃ、そろそろ行こうかな。今日は話せて楽しかった。ありがとう。さようなら」

  幸之助が立ち上がり、店を出ていく。

総二郎(N)「それから三か月後、言っていた通り、幸之助から手紙が来た。そして、それが幸之助からの最後の連絡となったのだった」

  ワイワイとにぎやかな声がする。

総二郎(N)「あれから二十年が経った。今日は私の百歳の誕生日で、親戚中が集まって私を祝ってくれている」

  総二郎が手紙を出す。

総二郎(N)「幸之助の最後の手紙にはこう書いてあった」

幸之助(N)「この手紙は病室で書いている。私は末期状態の癌で、もう長くはない。病室の外では親族と会社役員達が大勢集まって、喧嘩をしているよ。私が死んだ後の相続を巡ってな。あの日、言った、死ぬときにどのくらい周りに人がいるかで人生の幸福度が決まる、ことだが、どうだろうか? 確かに君よりも私の方が大勢集まっているだろうが、果たして、私は幸福だろうか? あのとき、君は百人中百人が私の人生を選ぶと言っていた。だが、私は君の人生を選びたいと思うよ。君が私の元を去ったとき、私も一緒に止めてしまえば、君のような温かい家庭が築けたのだろうか、と。実は、ずっと君のことが羨ましいと思っていたんだ。……要するに人間というのは無いものねだりをする生き物なんだろう。……と、前置きが長くなってしまった。君に渡した封筒には、私の隠し財産をある場所が書いてある。今、病室の外で喧嘩をしている連中ではなく、君に受け取ってもらいたい。私の唯一の友人である君に」

総二郎(N)「人間は無いものねだりをする生き物。確かにそうかもしれない。ずっと、君のことを羨む人生だったが、君からの手紙で、私の人生も悪くないと気づくことができた。だから、君から受け取った封筒は結局開けていない。そのまま墓の下まで持っていくつもりだ。お金は人を狂わせるという。愛すべき家族には、ずっと仲良くしていてほしい。……それにしても、百歳の誕生にこれだけの人が集まってくれた。私の人生は裕福ではなかったけれど、幸せだったと思うことができる。それは、私の最後の友人である、君のおかげだ。ありがとう。また、君と話すのが楽しみだ」

終わり

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