【声劇台本】子守歌
- 2021.01.11
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:4人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
伊織(いおり)
澪(れい)
美咲
安奈
■台本
回想の子守歌。
美咲「水面の下に写る、一本杉。岩の竜が見つめている。可愛い坊やが健やかに幸せに過ごせるように。お休みなさい、可愛い坊や。私の思いは変わらない……」
ドアを開けて、伊織が入ってくる。
伊織「ただいまー」
安奈「おめでとう、伊織!」
パンとクラッカーが鳴る。
伊織「え? どうしたの、母さん」
安奈「いや、ほら……。今日は伊織の20歳の誕生日でしょ? だから、その……お祝いしようかと思って……」
伊織「……」
安奈「……ごめんなさい。二十歳にもなって、母親からお祝いなんて……嫌、よね」
伊織「ううん! 違うんだ! ありがとう、嬉しいよ」
安奈「本当?」
伊織「(咳払い)ううん。えっと……。母さん、ここまで僕を育ててくれて、本当に感謝してます。ありがとうございました!」
安奈「ちょ、ちょっと、急に真面目になって、どうしたのよ。……親が子供を育てるのは当然のことなの。お礼を言わなくていいのよ」
伊織「……母さん、ありがとう」
安奈「伊織。これだけは覚えておいて。あなたは私の息子なのよ。どんなことがあっても、それは変わらないわ」
伊織「うん……」
場面転換。
大学内を歩く伊織。
伊織「うう……」
後ろからバンと背中を叩かれる。
澪「おはよう、伊織少年。珍しくお疲れのようだな」
伊織「澪先輩……、おはようございます。実は二日酔いってやつでして」
澪「二日酔い? 伊織少年はお酒を飲むのか? ……というより、飲める年ではないだろう?」
伊織「いえ、実は昨日、誕生日だったんですよ。二十歳の」
澪「ほう。なぜ、そんな大事なことを私に黙っていたのかね?」
伊織「別に黙ってたわけじゃなく……なんというか言いづらいじゃないですか。今日誕生日なんですよー、って」
澪「ふむ。一理あるな。とは言え、大事な後輩の誕生日だ。何かプレゼントをしないとな。ちょっと、部室まで一緒に来たまえ」
伊織「いいですよ。プレゼントなんて……」
場面転換。
伊織「えっと……澪先輩。これは……?」
澪「ん? 膝枕だ。具合悪そうだったからな。……とはいえ、こんなのではプレゼントにならないか。他に何か、プレゼントを用意しないとな」
伊織「い、いえ。十分なプレゼントです」
澪「ふむ、ここで子守歌の一つでも歌えればいいのだがな。思いつかない」
伊織「……子守歌といえば、澪先輩、こんな子守歌、知ってますか?」
子守歌を口ずさむ伊織。
伊織「水面の下に写る、一本杉。岩の竜が見つめている……」
澪「いや、全く聞いたことないな。有名な歌なのかい?」
伊織「それが、誰に聞いても知らないって言うんです。母さんに聞いても知らないって言うんで、もしかしたら引き取られる前に聞いた子守歌なのかもしれません」
澪「……そうか。伊織少年は里子だったんだったな」
伊織「里子……というより、捨て子ですね。三歳の頃に突然、捨てられたんです」
澪「すまない。嫌なことを思い出させてしまったな」
伊織「いえ。その頃のことは覚えていないですし、正直、母さんに拾って貰えることになったので、捨ててくれて感謝してます」
澪「ふふ。相変わらず、伊織少年は面白い考え方をするな。ということは、本当の母親のことは恨んでいないのかい?」
伊織「はい。全く。ただ……どうして捨てられたのかっていう理由は知りたいなとは思いますけどね」
澪「本当の母親のことは調べてみたのかい?」
伊織「いえ。ほとんど覚えてないですから、調べようがないというか……」
澪「ふむ……。ちなみに、さっきの子守歌のことを教えてくれないか? 覚えている範囲で構わない」
伊織「え? はい、えっと……水面の下に写る、一本杉。岩の竜が見つめている。可愛い坊やが健やかに幸せに過ごせるように。お休みなさい、可愛い坊や。私の思いは変わらない……」
澪「なるほど。かなり独特な歌だな。逆に調べやすいかもしれない」
伊織「どういうことですか?」
澪「まあ、楽しみに待っていてくれたまえ」
場面転換。
電車内。車内は澪と伊織しかいない。
伊織「えっと……澪先輩。これはどこに向かっているのでしょうか?」
澪「伊織少年から聞いた、子守歌のことがわかったぞ」
伊織「え? 本当ですか?」
澪「結論から言うと、あの子守歌は存在しない歌だ」
伊織「で、でも……」
澪「つまり、あの子守歌は創作だったのだ」
伊織「創作?」
澪「きっと、伊織少年の生みの親が作った歌なのだろう」
伊織「……」
澪「意味がわからないという顔だな。まあ、順を追って説明しよう。まず、古今東西の子守歌を調べてみたが、あの歌は見当たらなかった。だが、似たような歌があったんだ」
伊織「似たような歌……ですか?」
澪「メロディラインは似ていたが、歌詞はまるで違う。曲を素人が一から作るというのは大変だからな。知っている曲をオマージュ、つまり替え歌に近い形で変えたんだと思う」
伊織「どうしてそんなことを?」
澪「ふむ。このことから、重要なのは歌詞ということがわかる。ということは歌詞に何かが隠れているということで、歌詞に忠僕してみた。すると見えたことがあった。歌詞の中の、水面の下に写る一本杉と岩の竜は、場所を示している」
伊織「場所? 地名ってことですか?」
澪「そうだとわかりやすかったんだがな。一本杉と竜の形をした岩がある場所があったんだ」
伊織「よく、調べましたね」
澪「……そして、水面の下に写る、というのは、本来、その村はダム建設によって沈むはずの村を示すものだったんだ」
伊織「え?」
プシューと電車が止まる。
澪「お、ついたようだ。それじゃ、行こうか。伊織少年が生まれた家に」
伊織「僕の家……?」
場面転換。
澪「えい!」
ガンとドアを蹴り破る澪。
澪「よし、開いたぞ」
伊織「いや、開いたというか蹴破りましたよね?」
澪「まあ、気にするな。既に廃屋になっている家だ。それに、元々は伊織少年の家だからな。文句は言われまい」
伊織「ここが僕の家……?」
家の中を歩く、澪と伊織。
澪「さっきの続きだが、この村は本来ダムで沈むはずだった。住民には国の命令で、少額のお金で立ち退きすることになったらしい。もちろん、君の家も例外じゃなかった。だが、そのお金を持って、伊織少年の父親は逃げてしまった」
伊織「……え?」
澪「何もかも失った伊織少年の母親は、悟ったのだろうな。このままでは、伊織少年を不幸にしてしまう。そこで、里子に出そうと考えたのだろう」
伊織「そ、それならどうして理由を僕に説明してくれなかったんでしょうか?」
澪「……きっと、伊織少年に迷惑をかけたくなかったんだろうな。もし、大きくなって、自分のことを思い出し、迎えに来たとしたら迷惑をかけてしまう。現に、伊織少年の母親は晩年、かなり経済的に厳しい状況だった。ダム計画が破綻して、誰も済まない廃村に隠れ住むくらいにね」
伊織「あの……僕のお母さんは……?」
澪「残念ながら、既に亡くなっている」
伊織「そう……ですか」
澪「伊織少年の母親は、自分のことは忘れて欲しい反面、何か残したいと思ったのだろう。それが、あの子守歌だ。伊織少年が幸せになれるよう、祈りを込めて。可愛い坊やが健やかに、幸せに過ごせるように、という歌詞通りにね」
伊織「……」
澪「そして、その次の、私の思いは変わらない、とあるように、その思いは変わることはなかった」
伊織「……」
澪「えっと、この辺に……」
澪がガサガサと物をどける。
澪「あった、あった。これがその証拠さ」
澪が箱を伊織に渡す。
伊織「……箱?」
澪「中に手紙が入っている」
伊織「……」
ガサガサと手紙を開き、読む伊織。
伊織(N)「そこにはお母さんからの、僕への手紙が入っていた。毎日、僕の心配と幸せを願うものだった。段々と、お母さんの優しい顔を思い出してくる。そして、自然と僕の目からは涙が溢れだしてくる。
伊織「う、うう……」
澪「誕生日おめでとう、伊織少年。遅くなってしまったが、これが私からの誕生日プレゼントだ」
終わり。
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