【声劇台本】国宝の業
- 2021.04.28
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:4人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
真一郎(しんいちろう) 70歳
浩太(こうた) 70歳
純平(じゅんぺい)25歳
優成(ゆうせい)9歳 ※9歳の真一郎と兼ね役可
■台本
真一郎が7歳の頃。
真一郎「あははは! 見て見て! 浩太!ほら! お皿、上手く焼けたよ! これ、僕が作ったんだ! 陶芸って本当に面白いね!」
場面転換。
真一郎が70歳になっている。
浩太がイライラしながら歩いてくる。
浩太「真一郎! どういうことだ!?」
真一郎「なんだ、浩太。騒々しい」
浩太「あの茶碗! 既に買い手が決まってたんだぞ!」
真一郎「ああ。そのことか」
真一郎が歩き出し、浩太も後を追う。
二人が歩きながらの会話。
真一郎「他の客がさらに百万上乗せするって言ってきてな」
浩太「そういうことじゃなくて! 買い手が決まって……」
真一郎「陶芸品の価値は値段だ」
浩太「……」
真一郎「いいか? さらに金を積むということは、儂の作品をさらに評価したということだ。つまり、値段が上がった瞬間、あの作品の価値も上がったんだ。そして、価値がわかる人間にこそ、儂の作品がふさわしい。そういうことだ」
浩太「あの人は、お前がまだ駆け出しのころからずっと支援してくれた人だぞ。お前はあの人を裏切るのか?」
真一郎「世話になった分はもう返してる! なんなら、作品の棚から、一つ持って行ってやれ。失敗作だが、10万以上の価値はある。それをただでやるんだから、喜ぶだろう」
浩太「そういうことを言ってるんじゃない!」
真一郎「……わかってくれ、浩太。儂は60年以上、ずっと陶芸に打ち込んだ。60年間、ずっと技術を磨いてきたんだぞ。儂は自分の業(わざ)に誇りを持っている。いや、儂だけではない。世間が、儂は国宝と評価している。その儂が技術の粋を結集して作り上げた作品だぞ。妥協一切無しだ。だから、安く売ることは、作品に対して価値を下げるということになる。儂はそんなことをしたくないんだ。金が欲しいわけではない。価値の問題なんだ」
浩太「……真一郎。変わったな」
真一郎「変わらなければ、ここまでこられなかったさ」
浩太「……」
真一郎「だが、まあ、お前の言うこともわかる。確かに世話になった人の顔に泥を塗るわけにはいかんな。……よし、儂が新作を作ってやるから、それを贈ろう。もっと、良いのが出来たとでも言っておけ」
真一郎が立ち止まり、ドアを開ける。
純平「あ、先生! おはようございます」
真一郎「うむ。……純平、新作を作る。準備しろ」
純平「は、はい……」
真一郎「今回はすぐに仕上げるぞ。窯の準備もしておけ」
浩太「おい!」
真一郎「心配するな。30万以上の価値になるようにはする」
浩太「そうじゃなくてだな……」
真一郎「値段に見合ったものを作ってやるっていっているんだ。お前は黙っていろ。……おい! 純平、何やっている。早く窯の準備をしろ」
純平「そ、それが先生。あの……今、私の作品を焼いていまして。……今回のは、自信作なんです」
真一郎「それがどうした?」
純平「え?」
真一郎「お前が作る作品と、儂の作品。どちらが、価値がある?」
純平「も、もちろん、先生のです」
真一郎「そういうことだ」
純平「……すぐに窯の用意をします」
浩太「真一郎」
真一郎「浩太。儂はお前に金勘定を負かせている。陶芸に関しては口を出すなという約束だろ」
浩太「……」
場面転換。
ガラッとドアを開ける真一郎。
真一郎「どうだ? 焼けたか?」
純平「あ、はい。今、持って来ます」
真一郎「……おい、純平。なんで、この湯呑がここにある?」
純平「あ、いえ、その……作品作りの参考にと思って……」
真一郎「馬鹿者! この作品は儂の最高傑作だ! これ以上のものは作れんというくらいの奇跡的な逸品なんだぞ! 持ち出して、壊しでもしたらどうするつもりだ!」
純平「ひっ! も、申し訳ありません!」
真一郎「早く元の場所に戻せ!」
純平「わ、わかりました」
そのとき、勢いよくドアが開く。
優成「おじいちゃん! 遊びに来たよ!」
真一郎「おお! 優成! よく来たな」
優成「これ、お土産! ほら、前におじいちゃんが美味しいって言ってた、ジュース!」
真一郎「おお、おお! ありがとう、ありがとう。じゃあ、一緒に飲もうか」
優成「うん!」
真一郎「純平。コップを用意しろ」
純平「は、はい」
優成「え? ここにあるやつでいいよ」
純平「あっ!」
優成が純平から湯呑を奪う。
真一郎「あ、優成、待て……」
ジョボボボボと湯呑にジュースを入れる音。
真一郎「あ、ああ……」
そして、ポタ、ポタ、ポタとジュースが滴る音。
優成「あれ? この変なコップ、壊れてる……。ジュースもれてるよ?」
純平「ちょ、ちょっと優成くん。これは先生の作品で……」
優成「嘘だぁ! おじいちゃんが、こんな失敗作、作るわけないよ!」
真一郎「……っ!」
優成「だって、おじいちゃんは凄いんだ! 綺麗なコップ作ってるの、見たもん! こんな変な形のなんか、作ってなかったもん」
純平「な、なんてことを……」
真一郎「……失敗作、か」
純平「あの、先生。子供は価値がわかりませんから」
真一郎「ふふふふ。あははははは!」
純平「先生?」
真一郎「優成。その湯呑貸してくれるか?」
優成「う、うん」
真一郎が湯呑を床に叩き付けて割る。
純平「せ、先生、なんてことを!」
優成「おじいちゃん?」
真一郎「優成の言う通り、これは失敗作だ。だから壊した」
純平「……」
真一郎「……儂は何をやっていたんだろうな。小手先の技術に囚われて、役にも立たない湯呑を有難がって、大事にしていたなんて……」
優成「……おじいちゃん?」
真一郎「ありがとう、優成。おじいちゃん、目が覚めたよ」
場面転換。
浩太がイライラしながら歩いてくる。
浩太「真一郎! どういうことだ!?」
真一郎「なんだ、浩太。騒々しい」
浩太「あの湯呑! 既に買い手が決まってたんだぞ!」
真一郎「ああ。そのことか。あれは最近、よく来る青年に売った。どうしても欲しいって言われてな」
浩太「あれは30万だぞ! なんで、3万で売ったんだよ!」
真一郎「一か月、ずーっと通って、あの湯呑ばかり見ていた。余程気に入ったんだろうな。30万を出すと言った、あの成金っぽい親父よりも、よっぽど大事に使ってくれるさ」
浩太「まさか、お前が物の価値のわからない子供に作品を売るなんてな」
真一郎「いいか、浩太。価値なんてものは、人によって違うんだ。欲しいと思う、想いの強さによって価値は決まるんだよ。儂が丹精込めて作った作品だ。より、欲しいと思った人に使ってもらいたい。それだけだ」
浩太「物凄い掌返しだな」
真一郎「ふふふ。凝り固まった掌を、小さい手でひっくり返してもらったよ。さてと、今日も、作品をつくるとするか。どうだ、浩太。お前もたまには作品作りしないか?」
浩太「ああ、いいな。久々にやってみるか」
真一郎「ふふ。やはり、陶芸は楽しんでやらないとな」
終わり。
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