【声劇台本】不思議な館のアリス 堕天
- 2021.08.22
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:1人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
アリス
■台本
アリス「ふう……お待たせしました」
アリス「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」
アリス「え? 随分と疲れているようだ、ですか? 心配していただき、ありがとうございます。ふふ。これではいつもとは逆ですね」
アリス「ええ。実は少し難しい案件を抱えていましてね。今、ある少女のカウンセリングを行っているのですが……」
アリス「はあ……。正しく生きろというのは簡単ですが、正しく生き過ぎるなというのは難しいですね。正しくない、という線引きを間違えてしまうと、少女の人生そのものを壊しかねません」
アリス「ふふ。ええ。その通りです。多くの方は正しく生きるように説くことが正解でしょう」
アリス「生きている間に、それぞれで行っても良い、悪いこと、というのを学んで行きますから」
アリス「ですが、今、担当している少女はそもそもの判断能力が著しく欠如しているのです。ですから、自分自身で、やってもよい悪いこと、という判断ができないのです」
アリス「おや? 怪訝な表情をされていますね。悪いことならやらないようにした方がいい、とおっしゃりたいのですか?」
アリス「そうですね……。元々、人間というものは……いえ、生物全体に言えることでですが、そもそも生き物というのは我がままなのです」
アリス「自分が生きるために他者の命を奪う。それが自然の摂理であり本能です」
アリス「人間も生き物ですが、本来は本能のまま生きようとするはずです。ですが、それだと統制ができません。ですから、人は法律を作りました」
アリス「ああ、すいません。遠回しに言うのは悪い癖ですね」
アリス「結論を言いますと、正しいことしかしない人間は、世間では生きづらい、というわけです」
アリス「あなたの周りにもいませんか? 頑固で融通が利かない方」
アリス「それがかなり強く、絶対に譲らない、というより譲る、破るという選択肢がそもそもないということです」
アリス「例えばですが、獰猛な動物に襲われている子供を見かけた際、あなたならどうしますか?」
アリス「ええ。そうですね。大抵の人は助けようとします。ですが、その少女の場合、生き物を傷つけることは悪いことというのがありますから、犬を傷つけてでも子供を助けようとはしません」
アリス「まあ、これは極端な話ですが、とにかく、状況によっては悪いことでもやってもいい、という判断がわからないということです」
アリス「正しいことだけをすることが、正しいとは限らない。世の中はそんな矛盾を抱えた世界なのです」
アリス「……そうですね。では、今日はとある国の王についてのお話をしましょうか」
アリス「その国の王は幼少期から、熱心な宗教家だったようです」
アリス「王は清廉潔白でなくてはならない。そう教えられたことと、神の言葉は重ね合わせやすかったのだと思います」
アリス「やがて、国を引継いだ王はさっそく法の整備を始めました」
アリス「戦いもなく、平和であった国の裏側では、役人の汚職が酷かったようです」
アリス「法の整備があまく、その隙をついて、好き勝手する役人が多くなっていました」
アリス「王は法を整備することにより、汚職する役人は捕まり、処罰されていきます」
アリス「民衆は喜びました。今回の国王はまさに神からの使いだ、と。きっとこの国を正しい方向へと導いてくれるのだと」
アリス「王は、日々、捕まっていく違反者を見て絶望します」
アリス「この国にはこんなにも悪い人間が多いのかと」
アリス「そこで王はさらに法を厳しく締め付けていきます」
アリス「どんな小さな悪行でも、絶対に見逃しませんでした」
アリス「道に唾を吐くのはもちろん、道で歩きながら飲食さえも許しませんでした。大声で話すことや、悪口、くしゃみをすることも他者に迷惑をかけるといって、制限をかけていきます」
アリス「そして、ついには人々の生活にさえも手を入れていきました」
アリス「肉はもちろん、お酒を飲むことが禁止され、日が落ちると同時に眠りにつき、日が昇ると同時に起床する」
アリス「一日一度の、神へと祈りを捧げる時間を設けるなど、個人の時間にさえも法の目を伸ばしていきます」
アリス「そして、5年も経つと、国民の生活の全てを管理する状態になっていました」
アリス「何時に起床し、朝に何を食べ、お昼までに仕事をし、お昼の時間には何を食べる……」
アリス「タイムスケジュールに沿った生活を強いられていきます」
アリス「もちろん、その国にはどんな小さな悪行さえもありませんでした。国民全員が健康的、かつ正しく生きていました」
アリス「ですが、そんな状態も長く続くわけがありません」
アリス「押し込められた反発は蓄積し、増幅され、やがて爆発します」
アリス「その国でクーデターが起きました。そして、そのクーデターは驚くほどあっさりと成功します」
アリス「反乱軍が玉座に迫り、その剣が王の喉元に突きつけられても、近衛兵は一歩も動こうとしなかったそうです」
アリス「王が危険にさらされたときに、助けなければならない、という法律がなかった、からだそうです」
アリス「王は反乱軍によって新たに作られた法によって裁かれ、そして死刑に処されます」
アリス「王が処刑される日、国民は王を口汚く罵ったそうです」
アリス「お前は、人間の皮を被った悪魔、だと」
アリス「正しすぎることが、必ずしも正しいとは限らない。そういう教訓が得られる話だったかと思います」
アリス「この話は極端ですが、正論ばかり言う人間は嫌われてしまう、ということです」
アリス「正しいことはもちろん、大切です。ですが、正しすぎないということもまた、世間を生き抜くためには大切なことですよ」
アリス「ふふ。それでは、今日のお話はこれで終わりです」
アリス「またのお越しをお待ちしております」
終わり。
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