【声劇台本】追いつけなかった背中

〈前の10枚シナリオへ〉   〈次の10枚シナリオへ〉

〈声劇用の台本一覧へ〉

■概要
人数:5人以上
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、ファンタジー、シリアス

■キャスト
ゼル
店主
イーノ
その他

■台本

ワーッと歓声が上がる。

男「勇者様の凱旋だ!」

子供1「すごーい! あの人が魔王をやっつけたの?」

子供の親「ああ、そうだぞ。あの人は世界で一番強いんだ」

場面転換。

ゴクゴクゴクとエールを飲むゼル。

ゼル「ぷっはー! やっぱ、ここのエールは最高だな。帰ってきたって感じがするぜ」

店主「はっはっは。今や、世界中から憧れられている勇者様とは思えない態度だな。これじゃ、村を出て行ったときの悪童ゼルのままだ」

ゼル「はは。そうだな。魔王を倒すなんて大きなことをやってみたところで、中身なんざ、変わらねえことが旅をしてみてわかったよ」

店主「ほお。まあ、少しは成長して帰ってきたというわけか」

ゼル「おいおい。たった今、俺を悪童っていったばっかりじゃねーか」

店主「自分を悪童だって認める度量を持った。十分な成長だよ」

ゼル「ただ、口が上手くなっただけさ」

店主「十分さ。ほら、おかわりだ」

ゼル「おやっさんの奢りか?」

店主「聞いたぜ。魔王討伐の報奨金、たんまり貰ったんだろ?」

ゼル「……ここは、お祝いだ、今夜は全部、俺の奢りだっていうところだろ」

店主「いやいや。せっかく、勇者様が飲みに来てくれたんだ。たっぷり稼がせてもらうぜ」

ゼル「おやっさんも変わらねーな」

店主「この年じゃな。そうそう変われんさ」

ゼル「……そういや、あいつ、見なかったな。旅にでも出てるのか?」

店主「あいつ?」

ゼル「イーノだよ」

店主「ああ。あいつは――死んだよ」

ゼル「死んだ!? なんで?」

店主「魔物から子供たちを守ってな」

ゼル「……ったく。弱いくせにしゃしゃり出るからだ。あいつらしいな」

店主「……」

ゼル「あーあ。結局、勝ち逃げされちまったか」

そのとき、バンとドアが開く。

子供1「あ、勇者様いたー!」

子供2「勇者様、お話聞かせてー」

子供3「勇者様、この村に住んでたってホント?」

店主「おいおい。勇者様はお疲れだ。話は明日にしな」

子供1「ええー」

ゼル「いや、いいよ。こういうのも勇者の役目だ」

店主「……本当に成長して帰ってきたな」

子供2「ねえ、勇者様。魔王って強かった?」

ゼル「ああ。強かったな。なんせ、魔物たちの王だからな」

子供1「やっぱり、勇者様でも怖かった?」

ゼル「……いや、怖くはなかったな」

子供3「すげー!」

ゼル「……怖くないように、伝説の武器、防具、精霊の護り、神々の加護、それに、死ぬほどの鍛錬をしたからな」

子供1「すごい! 勇者様は世界で一番強いんだね!」

ゼル「……強い、か。確かに、戦闘能力で言えば、俺はおそらく世界で一番強いだろうな」

子供2「おお!」

店主「……」

ゼル「けど、それは本当の強さじゃないんだ」

子供1「え? どういうこと?」

ゼル「本当に強いというのは、恐怖に打ち勝って戦える奴のことだ」

子供2「わかんない」

ゼル「ははは。まあ、そりゃそうか。……実はな。この村には、俺よりも強い奴がいたんだぞ」

子供3「ええええ! 本当? 聞いたことないよ」

ゼル「そいつはイーノって名前でな……」

回想。

ゼルが6歳くらい。

ゼル「おい! イーノ! 遅いぞ」

イーノ「ご、ごめん、ゼルくん」

ゼル「お前は本当にトロ臭いよな」

子供4「荷物持ちくらいしかできないもんな」

子供5「喧嘩も弱いし」

ゼル「村で一番弱いんじゃないか?」

イーノ「ははは……」

ゼル「ちっ! にやけてんじゃねえよ! 少しくらいは言い返せ!」

イーノ「ははは……」

ゼル「もういい、みんな行くぞ……」

魔物「グルルル……」

突然目の前に魔物が現れる。

ゼル「え? な、なんで、こんなところに……」

子供4「うわああ! 魔物だ!」

子供5「逃げろー!」

子供二人が逃げていく。

ゼル「あ、待て!」

イーノ「ゼ、ゼルくん。早く逃げよう……」

ゼル「そ、それが……足に力が入らなくて」

イーノ「大丈夫! ゼルくんは強いから、走れるよ!」

ゼル「で、でも……」

魔物「グルルル」

イーノ「やああああ!」

棒で殴りかかるイーノ。

ゼル「バカ! 何やってんだ、イーノ!」

イーノ「早くゼルくんは逃げて!」

ゼル「け、けど……」

イーノ「早く!」

ゼル「あ、ああ……」

ゼルが駆け出す。

回想終わり。

ゼル「俺はイーノに助けて貰ったんだ。今、俺が生きてるのもイーノのおかげだ」

子供2「へー」

ゼル「あいつは俺より弱かったのに、俺を助けるために、戦ったんだ。本当は凄く怖かったのに」

子供3「その人はそのあと、どうなったの?」

ゼル「それが、ちゃっかり、自分もちゃんと逃げ延びてたんだよ。それもまたスゲーことなんだけどな」

子供1「魔物から逃げれるって凄いね」

ゼル「……あいつの、あのときの背中、すげー大きく見えたんだよな」

店主「……」

ゼル「俺も、あいつみたくなりたかった……。いや、あいつよりも強くなりたかった。だから、旅に出たんだ」

子供2「それで魔王をやっつけちゃうんだから、勇者様は凄いよ」

ゼル「いや、結局、最後までイーノを超えられなかった……。俺は恐怖から逃げた。ある意味、一番臆病だったのかもな」

店主「一番臆病だったから、魔王を倒せた。違うか?」

ゼル「……そうかもな。けど、やっぱり、あいつに勝ちたかったなぁ」

店主「イーノは死んで、お前は生き延びた。お前の勝ちさ」

ゼル「はは……。そうさせてもらうか」

子供2「ねえ、それより、旅のお話聞きたい」

ゼル「子供にはちょっと難しすぎたか。……よし! じゃあ、冒険の話をしてやる」

子供たち「わーい! やったー」

ゼル「それは霧の深い森で……」

終わり。