青春を捧げたもの
- 2022.07.06
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
伊吹(いぶき)
美奈(みな)
先輩
後輩
店員
部長
男性
拓也(たくや)
おじいさん
子供×多数
■台本
テレビでは高校野球の中継が流れている。
定食屋のドアがガラガラと開き、数人が入って来る。
伊吹「すみません。3人なんですけど、空いてますか?」
店員「いらっしゃい。空いてる席、座って」
後輩「あちー! もう、ダメ! 午後からの営業、休んでもいいっすか?」
先輩「一番若いのに、だらしないぞ。伊吹を見習え、伊吹を」
伊吹「はは。自分は暑いのに慣れてますから」
後輩「伊吹先輩、暑さに強いですよねー」
先輩「そうだな。体力もあるし。なんかやってたのか?」
テレビからの音。
アナウンサー「打ったー! ヒット―! これで明昌学園、2点差に広げました」
伊吹「……ええ。高校の時、野球をちょっと」
先輩「へー。どうりで」
後輩「あれっすか? 甲子園とか行ったんっすか?」
伊吹「……いや、俺たちの世代はそもそも甲子園が中止だったんだ」
先輩「あー。あの時期か」
伊吹「……」
後輩「それって、何か寂しいっすね」
伊吹「ああ。いいことなんて何もなかったよ。何も……」
場面転換(回想)。
伊吹が高校生の時代。
伊吹「甲子園が中止って、どういうことなんですか!?」
監督「仕方ないだろ。野球連盟がそう決めたんだから」
伊吹「俺、今年が最後のチャンスだったんですよ! やっと、やっと甲子園で出場できると思ったのに……」
監督「……」
伊吹「俺……俺……。小学生の頃から、ずっと甲子園を目指してやってきたんです! 俺の……12年……これだけのために……」
監督「……辛いのはお前だけじゃない」
伊吹「くそ! こんなことなら、野球なんてやらなければよかった! あんな辛い練習だって、無意味だったんだ!」
監督「伊吹……。それは違うぞ。お前の12年は無駄なんかじゃない。12年間の練習はお前の中にちゃんと残っているんだ」
伊吹「……」
回想終わり。
伊吹「……無駄なことに青春を費やしてしまったよ」
後輩「プロとかは考えなかったんすか?」
伊吹「まさか。そこまでの才能はなかったよ」
店員「兄ちゃんたち、注文は?」
後輩「え? あ、俺、ざるそばで」
先輩「俺は冷やし中華」
伊吹「かつ丼のそばセットで」
後輩「うえー! 伊吹先輩、よくそこまで食べれるっすね」
伊吹「いや、普通に腹減ってさ」
先輩「ホント、夏バテとは無縁の奴だな」
伊吹「ははは」
先輩「午後からは頼むぞ」
場面転換。
インターフォンの音。
ドアが開く音。
男性「はい?」
伊吹「お忙しい中、申し訳ありません、私……」
男性「あー、営業なら間に合ってる。帰ってくれ……」
奥からテレビの音が聞こえてくる。
アナウンサー「ストライク! スリーアウトチェンジ! 危ない所でしたが、この回は1点で抑えました」
男性「お、いいぞ! って、わけだから帰ってくれ」
伊吹「明昌学園、今年、強いですよね」
男性「え? なに? 野球詳しいの?」
伊吹「元、野球部員で」
男性「へー。どこ?」
伊吹「聖将学園です」
男性「おおー。なかなかの強豪だな。……どうだ? ちょっと家で休憩して行かないか?」
伊吹「ありがとうございます」
場面転換。
社内。
部長「伊吹、よくやったな。今月のノルマ、クリアだ」
伊吹「ありがとうございます」
部長「おーい、みんなも夏バテしてないで、伊吹を見習えよ」
後輩「ういーす……」
伊吹が席に座る。
後輩「伊吹先輩、一体、どんなマジック使ってんすか?」
伊吹「別に。多くの家に行ってるだけだよ」
後輩「うう……。なんすか、それ。楽できるコツがあれば、教えてもらおうと思うったのに」
場面転換。
野球会場。大盛り上がり。
伊吹「いよっしゃー!」
美奈「やったー!」
伊吹「……あ、すいません」
美奈「いや、こちらこそ……」
伊吹「……今日は勝てそうですね」
美奈「そうですね。……あの、お一人なんですか?」
伊吹「ええ、まあ。周りに野球ファンがいなくて」
美奈「あ、私もなんです」
伊吹「こういうのは、友人と一緒に盛り上がりたいところなんですけどね」
美奈「そうそう。それなのに、誘っても嫌な顔をされるんですよ」
伊吹「野球ファンは長いんですか?」
美奈「ええ。高校の時にマネージャーやってたくらいなんですよ」
伊吹「ああ、俺は選手でしたよ」
美奈「へー。そうなんですか」
場面転換。
美奈「パパ、部長昇進、おめでとう」
伊吹「はは。お得意先の社長が同じ世代の野球球児だったのがラッキーだったな」
美奈「すっごい意気投合してたもんね」
伊吹「まあ、俺たちの世代にしかわからない悔しさだからなぁ」
美奈「あんな残念な経験がこんなところで活きるなんてね」
伊吹「なにがあるか、わからないもんだなぁ。……それより、拓也。野球の練習はどうだ? レギュラー取れそうか?」
拓也「野球は辞めたよ。つまんないもん」
伊吹「……」
美奈「……一体、誰に似たのかしらね」
場面転換。
バットを振る音。
伊吹「ふっ! ふっ! ふっ!」
おじいさん「ほー。鋭いスイングだ。野球選手かい?」
伊吹「いやいや。最近、運動してないので、運動不足解消にバット振ってるだけですよ」
おじいさん「あんた、野球には詳しいかい?」
伊吹「ええ、まあ、それなりには……」
おじいさん「頼みたいことがあるんじゃが」
伊吹「はあ……」
場面転換。
おじいさん「伊吹コーチだ。みんなしっかり言うことを聞くんじゃぞ」
子供たち「はーい!」
伊吹「伊吹です。練習は辛いと思うけど、みんな、頑張ってやっていこう」
子供たち「はーい!」
場面転換。
子供1「コーチ、さようなら」
伊吹「おう、気を付けて帰れよ」
子供たちが帰っていく。
子供2「……」
伊吹「……どうした? 具合悪いのか?」
子供2「コーチ、僕、野球辞める」
伊吹「……どうしてだ? 野球、つまらないか?」
子供2「……レギュラーになれなかったし。練習したって意味ないよ」
伊吹「……そ、そんなこと……」
子供2「……」
回想。
監督「伊吹……。それは違うぞ。お前の12年は無駄なんかじゃない。12年間の練習はお前の中にちゃんと残っているんだ」
回想終わり。
伊吹「……そうか」
子供2「え?」
伊吹「いいか。練習した経験はしっかり体の中に残っているんだ。無駄なことなんて、何もない」
子供2「でも、練習したって、どうせプロに何かなれないし」
伊吹「確かにプロになるのは難しい。でもな。プロにならなくたって、経験はちゃんと活きるんだぞ」
子供2「ホント?」
伊吹「ああ。ホントだ。俺の人生がそうだったようにな……」
終わり。