辛さのその先に

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■概要
人数:5人
時間:5分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
響子(きょうこ)
皆川(みながわ)
佐伯 美奈(さえき みな)
山本(やまもと)
アナウンサー

■台本

響子(N)「世間には知られていない、伝説のコーチがいるらしい。数多くの選手を手掛け、そのほとんどを再起不能にした。だけど、一握りの一流の選手を輩出する。そんな伝説を残しているコーチが存在しているのだという」

試合会場。
観客の声援が響いている。

アナウンサー「決まったー! 優勝です! 佐伯美奈(さえきみな)選手、三連覇達成! まさに女子レスリング界の女王らしい、圧倒的な内容でした!」

響子「佐伯選手、おめでとうございます」
美奈「ありがとうございます」
響子「この偉業、誰にお伝えしたいですか?」
美奈「そうですね。やっぱり、コーチです」
響子「コーチと言うと?」
美奈「高校時代、お世話になった皆川コーチです」

場面転換。
グラウンド。

皆川「ほらほら、山本、遅れてるぞ!」
山本「は、はい!」
響子「あの……皆川コーチ?」
皆川「ああ、すまない。で、なんだっけ?」
響子「えっと、佐伯選手のことなんですけど……」
皆川「三連覇したんだってね」
響子「はい。で、その偉業は皆川コーチのおかげだと……」
皆川「そう言われてもね。私は基礎的なことを教えただけよ。あそこまで上り詰めたのは美奈自身の力さ」
響子「なるほど。では、佐伯選手の、レスリングの基礎は皆川コーチが教えたんですね」
皆川「え? いやいや。レスリングの基礎は教えてないわよ」
響子「え? じゃあ……」
皆川「私が教えたのは、基本的な心構えだけ。なんていうかな。練習をする際の意識の高さっていうか……おーい! 坂下! 下向くな! 顔上げろー!」
響子「あ、あの……。今は何の練習をしてるんですか?」
皆川「え? 見てわからない? ランニング」
響子「……ずっとですよね? 何周してるんですか?」
皆川「んー。30周以上は走ってるかな」
響子「今日は体力づくりの日なんですか?」
皆川「いや、この後、普通にレスリングの練習をするよ」
響子「……できるんですか? みんな、もうフラフラしてますけど」
皆川「ここからが勝負だよ」
響子「ちょっと厳しすぎませんか?」
皆川「辛いって漢字、どう書くか知ってる?」
響子「え? 辛い、ですか? はい、知ってますけど」
皆川「じゃあ、幸せっていう漢字は?」
響子「もちろん、知ってますけど」
皆川「イメージしてみて。辛いの一歩先に、幸せがあるのよ」
響子「えっと……。ああ、辛いに線を一本足すと、幸せという漢字になるってことですね」
皆川「そう……。今、あいつらは苦しさの限界に差し掛かっている。かなり辛いはず」
響子「……そう、ですね」
皆川「ここから。ここからよ。ここで一歩、踏み出したやつが幸せになっていくの」
響子「……本当に大丈夫なんですか? もう、みんな真っ直ぐ走れてませんけど」
皆川「見てなさい。……おらー! ここから、ダーッシュ!」
響子「ええ! む、無理ですよ!」
皆川「走れ、走れ、走れ!」

選手たちがふらふらになりながらも、全力で走る。

響子「……」
皆川「……」
響子「も、もう見てられません」
皆川「もう少し……もう少し……」
山本「あは……あはははは」
皆川「来た!」
響子「え?」
山本「あはははははははははは!」

突然、山本が走りながら笑い出す。

響子「ね? 辛さのその先に幸せがあるでしょ?」
響子「……ただ単に、壊れただけでは?」

響子(N)「確かに伝説通りのコーチだった。そして、決して、表に出してはいけない人だと理解することができた」

終わり。

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