大切な気持ち

大切な気持ち

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■概要
主要人数:3人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト

裕理
祖父

■台本

  シェイカーを振る音。

雫(N)「最初は、シェイカーを振る祖父の姿が格好いいから、真似してみたい。ただそれだけだった」

  シェイカーを振る音。

祖父「ほー、上手いもんだ」

雫「ホント?」

祖父「ああ。この分じゃ、おじいちゃん、雫に抜かれちゃうなぁ」

雫「私、大きくなったら、バーテンダーになる」

祖父「おお、そうかそうか。それじゃ、待っていれば雫と並んで、シェイカーを振る日が来るかもしれんな」

雫「うふふ。じゃあ、私がいっぱいお客さん呼んで、お店を繁盛させてあげるね」

祖父「はっはっはっは。楽しみだなぁ。これは長生きしないとな」

雫「うん。いっぱい、いっぱい長生きしてね!」

祖父「ああ。約束だ」

雫(N)「しかし、そんな祖父も私が中学生のときに病気で死んでしまった。祖父が趣味でやっていたお店は閉店となり、その場所が私にとっての遊び場になっていった」

  シェイカーを投げたり、瓶を器用に回したりする音。

裕理「おおお!」

雫「よっと!」

  トンとテーブルに瓶を置き、シェイカーを振る雫。

  トクトクとグラスにジュースが注がれる。

雫「はい、どうぞ」

裕理「うわー。綺麗な色(ジュースを飲んで)。うん、おいしい」

雫「ふっふっふ。雫スペシャルパートスリーよ」

裕理「……雫ってさー、ネーミングセンスないよね」

雫「うっさいわね! ただでジュース飲んでおいて、何よ、その発言」

裕理「ねえねえ、雫。ちょっとだけさ、お酒……カクテル作って飲ませてくれない?」

雫「ダーメ。まだ未成年なんだから、お酒は無理ですー」

裕理「もう、雫は固いなぁ。大体、高校生になれば、みんな飲んでるって」

雫「ダメなものはダメ。この場所じゃ、そういうことしないって決めてるんだから」

裕理「あ、そっか……。おじいちゃんの店だったんだっけ? ここ」

雫「そう。……あーあ、おじいちゃん、あと5年長生きしてくれればなー。一緒に働けたのに」

裕理「そっか。さすがにバーで未成年は働けないもんね」

雫「高校卒業したら、どっかでバーのアルバイト探そうっと。そして、独立したらこのお店を復活させるの」

裕理「いいなぁ。雫は夢があってさー。私なんかなーんにも、夢っていえるものがないもんなぁ」

雫「裕理、前にマンガ描いてたよね? 漫画家目指してみれば?」

裕理「止めて! 私の黒歴史、掘り出さないで!」

雫「え? そう? 面白かったけどなぁ」

裕理「あんなんで漫画家なんてなれないよ。恥ずかしい……。そんなんじゃなくて、ちゃんと胸を張って言える夢がほしい。雫みたいな」

雫「そうかな? 漫画家も立派な夢だと思うけど……。それに、メジャーな職業だし」

裕理「えー? そうかな?」

雫「そうだよ。だって、私、うちの親に高校卒業したら、このお店をオープンさせたいって言ったら猛反対されたんだよ」

裕理「そうなの?」

雫「ちゃんと大学に行って、ちゃんとした会社に入って、バーテンダーは趣味でやりなさいだってさ」

裕理「あー、まあ、普通ならそういうか」

雫「二十年くらい前は、カクテルのブームがあったみたいで、バーテンダーも有名な仕事だったみたいだけど、今は、あんまり聞かないよね」

裕理「確かにね」

雫「漫画とかみたいに賞があればなー。受賞すれば、本気ってわかってもらえるし、ちゃんとやっていけるって証明にもなるでしょ」

裕理「ふふーん。そんな雫に朗報です。こんなのに出てみれば?」

  裕理が一枚の紙を雫に渡す。

雫「……大会のお知らせ?」

裕理「そ。カクテルコンペの学生バージョンみたいな感じらしいよ。お酒じゃなくてジュースでやるやつみたい」

雫「へー! こんなのあるんだ?」

裕理「なんか、今年から試験的に始めるらしいよ。どうせだったら、出てみれば?」

雫「うん、やってみる! ありがとう!」

雫(N)「軽い気持ちで出てみた大会は、あれよあれよと勝ち進み、ついには全国大会でも優勝することができたのだった」

裕理「優勝おめでとう、雫!」

雫「ありがとう、裕理!」

裕理「はい。そしてこれは誕生日プレゼントを兼ねてだよ」

  裕理がテーブルにたくさんのお酒を置く。

雫「うわー! どうしたの? こんなにたくさんのお酒」

裕理「ふっふっふ。バイト代を貯めたのだ。雫は今日が誕生日で18歳になったからお酒飲めるでしょ。自分で作ったカクテル、飲みたいだろうなーって思ってさ」

雫「裕理、好き!」

裕理「あっはっは。私に惚れたら、火傷するよ」

雫「さっそく、作ってみよーかな。何がいいかな? オーソドックに……いや、ここは敢えて最初からオリジナルを……?」

裕理「私はモスコミュール飲みたい!」

雫「裕理の誕生日は来月でしょ?」

裕理「鬼っ!」

雫(N)「高校を卒業した私は、両親の希望もあって大学に進学した。そして大学に入ってからはプロの大会の方に参加するようになった。初参加にしては勝ち進んだ方だが、やっぱりプロの壁は厚いものだった」

裕理「んー。雫のカクテル、美味しいと思うんだけどなぁ」

雫「優勝者のはもっと美味しいよ。あーあ、もっと勉強しなきゃだなぁ。みんな、本当に凄いんだもん」

裕理「へー、大変だね。でもまあ、頑張ってね。試飲は私も協力するから。それにしてもタダ酒は本当に美味しいよね」

雫「え? タダじゃないよ?」

裕理「鬼っ!」

雫(N)「一年目、二年目は新鮮な気持ちと、まだ本格的に始めたばかりというのがあったから、それほど焦りはなかった。だけど、三年目に入っても結果が出ないことに、正直、私は焦り始めていた」

  シェイカーを振る音。

裕理「……ねえ、雫。ちゃんと寝てるの? 目の下のクマ、やばいんだけど」

  シェイカーを床に叩きつける、雫。

雫「ダメだ、こんなんじゃ!」

裕理「……雫」

雫「もっと、斬新な味じゃないと……」

裕理「いや、雫のカクテル、美味しいよ」

雫「素人は黙ってて!」

裕理「寝た方がいいよ。疲れてたら、いい考えも浮かばないよ?」

雫「大会は明後日なの! 寝てる暇なんて、あるわけないじゃない!」

裕理「でもさ……」

雫「もう帰って! 邪魔!」

雫(N)「その大会の結果は散々だった。今まで一番悪かった。完全にスランプだった。もう目の前が真っ暗で、何をしていいのか、わからなくなっていた」

  ガシャーンと盛大にグラスが割れる音。

雫「どうして? 材料も分量も合ってるはずなのに……」

  ドアが開いて、裕理が入ってくる。

裕理「雫……」

雫「邪魔するなら、もう来ないでって言ったでしょ」

裕理「ねえ、あんまりさ、大会の結果に縛られなくていいじゃない」

雫「ふざけないで! 大会の結果が、私にとっての全てなの! 結果がだけが私の実力を証明できるのよ!」

裕理「違うよ、雫のカクテルは美味しい……」

雫「だから、素人のあんたの意見なんて聞いて……」

  ドサっと倒れる雫。

裕理「雫? ちょっと、雫!」

  救急車の音が響き、遠くなっていく。

  裕理が病室に入ってくる。

裕理「おーっす! 体調はどう?」

雫「あ、裕理……」

裕理「あらあら、随分としょぼくれちゃって」

雫「私……裕理に酷いこと言ったね」

裕理「うん。私は怒ってる!」

雫「……ごめん」

  裕理が持ってきた水筒の中身をコップに注ぐ。

裕理「はい、じゃあ、仲直りの乾杯」

雫「え? さすがに入院中にお酒は……」

裕理「(酔っぱらった感じで)なによぉ、私のお酒が飲めないっていうの?」

雫「ふふ、おじさんみたい。じゃあ、少しだけいただこうかな」

  雫がコップの中身を飲む。

雫「あれ? これって、ジュース?」

裕理「実はさ、これ、雫が一番最初に飲ませてくれたミックスジュースなんだ。私のためにって言ってくれた、私専用のミックスジュース。あれが嬉しくって、美味しくって、一番好きだったの。……うまく再現できてるかはわからないけど」

雫「ううん。すごい。私が作ったのより、断然、美味しいと思う……」

裕理「私ね、雫がシェイカー振ってるのが格好いいのと、雫が出してくれるカクテルがすごく好きなんだ。……それじゃ、ダメなのかな?」

雫「え?」

裕理「雫は格好よくて、美味しいカクテルを出してくれる。私はそんな雫が好き。大会で優勝なんかしなくても、雫のカクテルが一番好きだよ」

雫「……裕理」

雫(N)「生前、祖父にこんな質問をしたことがあった」

雫「ねえ、おじいちゃん。なんで、おじいちゃんはバーテンダーやってるの?」

祖父「ん? それはね、お客さんが、私の作るカクテルを美味しいって言ってくれるからだよ。それが、私にとっての誇りであり、楽しみなんだ」

雫(N)「退院後、私は両親に少し無理を言って、おじいちゃんのお店をオープンさせてもらった。元手も家賃もかからないので、渋々ながらも両親は了承してくれたのだ」

  カランカランと音を立ててドアが開く。

雫「いらっしゃいませー……って、なんだ、裕理か」

裕理「親友と唯一の客に向かって、なんて口のきき方だよ」

雫「ご注文は?」

裕理「裕理専用ミックスジュース」

雫「……バーなんだからお酒注文してよ」

裕理「いいからいいから、早く作って」

雫「はいはい」

  雫がシェイカーを振る。

雫(N)「おじいちゃんと一緒にシェイカーを振ることはできなかったけど、私は今日も楽しくシェイカーを振っている」

終わり

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