霧の向こうに

霧の向こうに

■概要
主要人数:4人
時間:12分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
荻野 葵 (28) 女優
監督   (42)
マネージャー(25)
母親
その他

■台本

  テレビ・映画のシーン
  刑事である宮野(28)が彩乃(5)を誘拐犯から助けるシーン。

宮野「彩乃ちゃん、大丈夫だった?」
彩乃「うん。助けてくれてありがとう!」
宮野「良かった。さ、お父さんとお母さんの所に帰りましょう」
彩乃「ねえ、刑事さん! 私も……私も大きくなったら、刑事さんみたいな、すごい刑事になれるかな?」
宮野「なれるよ。彩乃ちゃんなら、絶対になれる。私が保証する」
彩乃「私、頑張るね!」

  場面転換
  葵の家・リビング
  荻野葵(5)が食い入るようにテレビを見ている。

葵の母親「葵―。そろそろ、学校に行かないと遅刻するわよ」
葵「うん。ちょっと待って、もう少しで終わるから」
葵の母親「また、『霧の向こうに』見てるの?ホント、その映画好きね。飽きないの?」
葵「全然! あのね、お母さん。私、絶対にこのお姉さんみたいなすごい女優になるんだ」
葵の母親「女優か……。そんなに簡単にはなれないわよ。すっごーく頑張らないと無理よ」
葵「私、すごーい、すっごーい、頑張るもん!」

葵(N)「あれから二十三年。私は念願の女優になった」

  ドラマの撮影現場
  葵(28)が演技をしている。

葵「私、あなたの分までしっかり生きていくわ!」
監督「カーット! オッケー! お疲れ様」
葵「ふう……」
監督「(歩み寄ってきて)いやー、葵ちゃん。良かったよ。これでドラマの視聴率もばっちり! 葵ちゃんにはまた出て欲しいなぁ」
葵「スケジュールに飽きがあったら、考えておくわ」
監督「ホント? 期待しちゃうよ?」
葵「じゃあ、次の撮影があるので、これで」

  葵が歩き出す。
  そこにヒソヒソ話が聞こえてくる。

女1「大女優様がお帰りよ」
女2「偉そーに。なんで、あんなダイコンが主役なわけ? 台詞は覚えてこない、演技はどヘタ。遅刻までしてきて、よくあんなすました顔ができるわ」
女1「ちょっと、止めなさいよ。目、付けられたら終わりよ」
女2「ふん、あんな女にそんな力はないわよ」
女1「あの人、倉本商事の社長の愛人よ」
女2「うっそ、うちの曲のスポンサーじゃない。監督がヘコヘコするわけだ」
葵「あんたたち、邪魔よ」
女1「ひっ! すいません」
女2「お、お疲れ様でしたー」

  葵が廊下をコツコツと音を立てて歩く。

葵(N)「……確かに、私には演技力が足りないかもしれない。でも、それを私は違うことで補っただけだ。現に私は、あの子達と違ってドラマの主役の座を手に入れてるんだから。小さい頃の夢を、私は叶えることができたのよ!」

  葵が所属する事務所
  ペラペラと紙をめくっている葵。

葵「気の乗らないのばっかりね……」
マネージャー「いや、でも、これなんかはどうですか? 舞台の主役ですよ」
葵「舞台? ダメよ、私は映画向きの女優よ。そういう仕事ないの?」
マネージャー「あ、じゃあ、これはどうです? 深夜のドラマですけど、主役ですよ」
葵「ドラマねえ……。映画のオファーとかないの? こう……アクション系の映画」
マネージャー「いや……。そういうのは来てないですね」
葵「来てないなら、取ってきなさいよ。あなた、マネージャーでしょ?」
マネージャー「そ、そんな無茶な……」
葵「ホント、使えないわね」

  ピッとテレビのスイッチを入れる。

  テレビのニュース

アナウンサー「二十三年ぶりに、あの大ヒット映画『霧の向こうに』のリメイクが決まりました。監督に抜擢されたのは……」

  葵が所属する事務所
  葵がバンと机を叩く。

葵「これよ! 絶対にこれに出るわよ!」
マネージャー「で、でも、これってもう主役も決まってるみたいですし……」
葵「まだ発表されてないんだから、配役変えるのは可能よ」
マネージャー「で、でもですね……」
葵「あー、もう。いいわ。私が何とかする!」

葵(N)「私はその夜、社長にお願いをした。倉本商事がスポンサーだったこともあり、私の思い通り、『霧の向こうに』の主役を射止めることができたのだった」

  撮影現場
  撮影中。葵が演じている。

葵「悪は絶対に許さない! さ、行くわよ!」
監督「はい、カーット! うん、いいね、最高!」
葵「……」
監督「(歩み寄ってきて)いやー、葵ちゃん、今回は気合入ってるね」
葵「監督……今のシーン、もう一回やらせてもらえないですか?」
監督「え? どうしたの? なんか、気に入らなかった?」
葵「いえ……。その……」

葵(N)「念願の『霧の向こうに』の主役を演じられているのに、焦りだけが募っていく。あの時……子供の頃に見た、私が憧れた女優と比べて、自分の演技が追いついていない……。でも、私は私……。今できることをやれば良いんだ。監督だって、良いって言ってくれてるし……。これでいいんだ。私の夢が叶うんだから……」


  映画のラストシーン。
  葵が子役と演技をしている。
  刑事である宮野が彩乃を誘拐犯から助けるシーン。

葵「彩乃ちゃん、大丈夫だった?」
彩乃役の子「うん。助けてくれてありがとう!」
葵「良かった。さ、お父さんとお母さんの所に帰りましょう」
彩乃の子「ねえ、刑事さん! 私も……私も大きくなったら、刑事さんみたいな、すごい刑事になれるかな?」
葵「……」

葵(N)「彩乃役の子の真っ直ぐな目。私は、子供の頃、この彩乃の気持ちに自分を重ねてたのかもしれない。頑張れば、きっとこのお姉さんのようになれると……」

監督「カーット! どうしたの? 葵ちゃん? 台詞、忘れちゃった?」
葵「……監督。本当に申し訳ありません」
監督「え? いや、撮り直すくらいは、全然構わないけど……」
葵「私を降ろしてください」
監督「……は?」
葵「やっぱり、ダメです。今の私じゃ、この役はできません。力不足です」
監督「な、な、なに言っちゃってんの? 今さら、無理だって!」
葵「本当に、申し訳ございません!」

葵(N)「私はやっと思い出すことができた。私の夢は『霧の向こうに』の主役を演じていた女優のようになることだと。ただ単にあの役をやれればいいというわけじゃないことに、今、やっと気づけたのだった……」


  テレビのニュース

アナウンサー「霧の向こうの主役に決まっていた、荻野葵さんが急遽、役を降りることになり、代役として同じ事務所の宮沢静香さん……」

  舞台稽古場の休憩室
  葵がテレビを見ている。

先生「葵、練習再開するわよ」
葵「あ、はい!」

  ピッとテレビを消す葵。

先生「今日も、ビシビシシゴくからね。いくら端役だからって気を抜いたらすぐに役を取られるんだからね」
葵「はい、頑張ります!」
先生「それにしても……」
葵「はい?」
先生「よく、下積みからやり直す決心がついたわね。普通、あなたくらいの年なら引退して諦めるのに」
葵「演技力が足りないんですから、下積みからやるのは当たり前ですよ。それに……」

葵(N)「ようやく夢に向かって、頑張ることができているのだ。今の私の毎日は、とっても充実している。私の中の霧は晴れて、私は霧の向こうに行けたのだ」

終わり

〈声劇用の台本一覧へ〉

〈前の10枚シナリオへ〉  〈次の10枚シナリオへ〉