【声劇台本】300回目の初恋

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■概要
人数:3人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト

陽菜
母親

■台本

光(N)「僕は事故の後遺症で、記憶が1日しか覚えておくことができない。寝て起きたら、昨日、何をしていたのかを、全く思い出せないのだ。だから、僕は毎日、日記を付けようと決めた。……だけど、一年前から日記が途切れている。どうして書かなくなったんだろう? 昨日の僕はなぜ、日記を書かなかったのか……。そして、もう一つ、不思議なことがある……」

時計のアラームが鳴り、光がアラームを止める。

光「……ふわー、朝か」

起き上がって歩き出し、冷蔵庫を開ける。

光「えっと……なになに? 卵は使うな。14日にオムレツを作る、か。今日は……3日か。明日、何か届くのかな。じゃあ、今日は野菜炒めでも作るか」

場面転換。

光「ふう、作り過ぎちゃったな。腹いっぱいだ。……さてと、今日は何しようか……って、あれ? 手に何か書いてある。えーっと、机の上?」

歩き出し、机の前に行く光。

光「……あれ? なんだ、これ。手紙?」

手紙を開く光。

光「二枚あるぞ。えっと……」

光(N)「一枚目は自分宛のものだった。そこには、12時までに駅前のトールという喫茶店に行くこと。もう一枚の手紙を忘れないように、と書いてあった」

光「もう一つの手紙? 誰宛なんだろう? ……え?」

光(N)「それは手紙というより、ラブレターだった。陽菜という人へのものだ。……自分が書いたものなのだろうが、正直恥ずかしい。こんな歯が浮くようなことを描くなんて……。昨日の僕は何を考えているんだろう。……でも、もしかしたら、その陽菜という人と、今日、会う約束をしているのかもしれない。……それなら、それで、もう少し詳しく書いておいてほしいんだけど。まあ、文句を言っても始まらない。とにかく、書いてある場所に行こう」

場面転換。

喫茶店内。割と人が賑わっている。

光「ちょっと……緊張してきたな」

陽菜「お待たせ、光くん」

光「あ、その……どうも。光です」

陽菜「今日も、初めましてからだね。陽菜です。よろしくお願いいたします」

光「よろしくお願いいたします」

陽菜「それじゃ、行こっか」

光「え? どこに?」

陽菜「デート」

光「……デート?」

場面転換。

光「陽菜さんは僕の後遺症のことはもちろん、趣味や好きなものも完全に把握していた。僕からしたら、陽菜さんは初対面だったのに、短期間で打ち解けてしまった」

光と陽菜が並んで歩く。

陽菜「映画、面白かったね」

光「うん。すごく感動したよ。なんか、僕の好みにぴったりって感じ」

陽菜「うん、うん。そうでしょ、そうでしょ」

光「……あのさ、もしかして、あの映画、何回か一緒に見てたりしない?」

陽菜「あ、バレた?」

光「やっぱり。だって、後半の急に車が爆発する場面、陽菜さん全然、びっくりしてないんだもん」

陽菜「あー、なるほど……」

光「陽菜さん。あのさ、こういうことで僕に気を使わないで欲しいな。見た映画は見たって言って欲しい」

陽菜「ごめん。傷つけるつもりはなかったんだ。でも、私、もう一回、あの映画見ておきたかったからさ。誘っちゃった」

光「そう? 陽菜さんが見たいならいいんだけど……」

陽菜「ねえ、光くん。手、繋いでいい?」

光「え? あ、う、うん。いいよ」

陽菜「ありがと!」

陽菜が光の手を握る。

光「……」

陽菜「ふふ。嬉しいな」

光「え? なにが?」

陽菜「光くんと手を繋ぐときは、いつも新鮮な感じがするっていうか、ドキドキするから」

光「ぼ、僕もドキドキする。……まあ、僕にとっては陽菜さんと手を繋ぐのは初めてなんだけど」

陽菜「ふふふ」

光「でも、悔しいな」

陽菜「なにが?」

光「僕、こうやって陽菜さんと過ごした時間をちゃんと覚えていたい……」

陽菜「……光くんは、今のままでいいんだよ」

光「え?」

陽菜「ごめんね。私の我がままなの」

光「……どういうこと?」

陽菜「光くんが付けてた、日記。一年くらい止まってるでしょ?」

光「う、うん」

陽菜「あれ、私が頼んだの。私のことは残さないでって」

光「……どうして?」

陽菜「……私ね、病気で、もう長くないの」

光「……え?」

陽菜「だから私、ホントは恋をする資格なんてないの。……だって、死ぬってわかってるのに……。相手を悲しませるってわかってるから」

光「そんな……」

陽菜「だからね。光くんの記憶が一日しか残らないなら、私が死んでも、光くんを悲しませることはないって……。本当にごめん。私、光くんを利用して……卑怯だよね」

光「陽菜さん! 僕、陽菜さんのこと、大好きだよ」

陽菜「……光くん」

光「ホントは、この手紙、渡すつもりはなかったんだ。その……恥ずかしい言葉ばっかり書いてあるから。でも、今はこの手紙に書いてあることと同じ気持ちだから。だから、貰ってほしい」

陽菜「……ありがとう、光くん。私も、大好きだよ」

場面転換。

光が手紙を書いている。

光(N)「陽菜さんは、自分のことを残してほしくないと何度も頼んできた。陽菜さんがそう望むなら、僕はその想いに答えようと思う。だから、日記は書かない。代わりに、今の思いを、陽菜さんがどれだけ好きかを手紙に残しておく。明日の僕は、きっとまた陽菜さんに恋をするだろう。だから、これが今日の僕が、明日の僕のためにできる、精いっぱいのことだ」

場面転換。

喫茶店内。店内は賑わっている。

光「……陽菜さんか。緊張するな」

母親「あの……光さん、でしょうか?」

光「は、はい! そうです」

母親「実は……昨日、娘の……陽菜の容体が悪化して……亡くなったんです」

光「え?」

光(N)「正直、どう反応していいのかわからなかった。会ったことのない人が死んだと聞いても、何の感情もわかない」

母親「……娘は、自分が死んだら、この手紙を全部処分して欲しいと言ってました。でも……あなたにはどうしても、娘のことを覚えておいてほしくて……。勝手なことを言っているのは承知してます。この手紙を受け取って貰えないでしょうか?」

光「は、はあ……」

場面転換。

光(N)「陽菜さんのお母さんから受け取ったのは、僕が書いたであろう、陽菜さんへの手紙だった。手紙には、僕がどれだけ陽菜さんのことを好きかが書いてある。でも……まるで他人が書いた手紙を読んでいるような気分だ。僕には陽菜という人の記憶がないのだから……。でも」

ポタリと涙が落ちる音。

光(N)「自然と涙が溢れてくる。なんとも言えない、消失感。もしかしたら、昨日までの僕の、わずかに残った想いから来るのかもしれない」

ぺらりと手紙をめくる。

光(N)「手紙の数は300通。僕は陽菜さんに300回恋をしたんだろう。僕の中には陽菜さんの記憶はないけれど、僕が愛した、そして、僕を愛してくれた陽菜さんという人がいたことを、明日の僕へ残しておこう。この手紙と共に」

終わり。

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