その神父はただ懺悔を聞くだけである

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■概要
人数:3人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
コナー 39歳
イーサン 20歳
信者 ※女性 22歳

■台本

教会内。

コナー「全能の神、父と子と精霊の祝福が、皆さんの上に豊かにありますように」

場面転換。

イーサン「コナー神父、お疲れさまでした」
コナー「やあ、イーサン。ここでの生活は慣れたかい?」
イーサン「日々、勉強させてもらっています」
コナー「ははは。イーサンは勤勉だな。そういうところは、神はちゃんと見てくれている。これからも励むのだよ?」
イーサン「はい!」
コナー「さてと……」

コナーが歩き出す。

イーサン「神父、どこへ?」
コナー「告解室だよ」
イーサン「告解室……ですか?」
コナー「懺悔室、と言った方がわかりやすいかな」
イーサン「ああ……。信者が罪の告白をする部屋ですね」
コナー「さきほど、一人、部屋に向かった信者がいたからね。行ってくるよ」
イーサン「でも、たった今、ミサが終わってお疲れなのでは?」
コナー「目の前に苦しんでいる信者がいる。その前では私の疲れなんて、大した問題ではないよ」
イーサン「あの、神父。私も一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
コナー「……ふむ。そうだな。後々には君にもやってもらう日が来る。見ておくのも悪くはないだろう」
イーサン「ありがとうございます」
コナー「ただ、一つだけ心に留めておいてほしい。告解室での話は他言無用。天に召されたその日まで、ずっと胸の奥に秘めておくのだ」
イーサン「わかりました」
コナー「よし、では、いこう」

コナーとイーサンが歩き出す。

イーサン「……あの、神父。もし、その……信者が法に触れるようなことを告白した場合はどうするのですか?」
コナー「どうするも何もない。どんな告白だろうと、神の前では一緒だ」
イーサン「法に触れるような酷い行いをした者を、神父は許せるのですか?」
コナー「いいかい、イーサン。私ができるのは許すことではない」
イーサン「……え?」
コナー「話を聞くだけなのだ。話を聞く。それ以上でもそれ以下でもない。あとは信者と神に委ねるだけなのだよ」
イーサン「……」

場面転換。
ガチャリとドアを開き、部屋にコナーとイーサンが入り、椅子に腰を掛ける。

コナー「お待たせいたしました」
信者「あ、あの……お疲れのところ、申し訳ありません」
コナー「私の疲れなど、あなたの悩みの前に比べれば、無に等しいことです」
信者「……ありがとうございます」
コナー「では、どうぞ……」
信者「……はい。実はその……私の双子の姉についてのことです」
コナー「……」
信者「姉は先月、亡くなりました」
コナー「……」
信者「姉の恋人が、倉庫で首を吊っている姉の姿を発見しました。その状況から見て、警察は自殺と断定しました」
コナー「……」
信者「姉の遺体には争った形跡もなく、鍵も内側からかかっていました」
コナー「それだけで、警察が自殺と判断したのですか?」
信者「いえ。警察は倉庫中の指紋を採取しました。ですが、その倉庫には第三者の指紋が全くなかったようなんです」
コナー「拭き取られた、もしくは手袋をしていたというわけでもなく……?」
信者「はい、そうです。そのような痕は全くなかったんです」
コナー「なるほど。警察が自殺と断定するのも頷けますね」
信者「……でも、私、どうしても受け入れられないんです! 姉が自殺するなんて……。姉は自殺するような人間じゃありません」
コナー「……」
信者「姉は本当に自分勝手で、好き勝手に生きてました。二股や不倫も平気で行い、借金までしてました。私を保証人にして……」
コナー「つまり、そんな自分本位な姉が自殺なんてことをするわけがない、と?」
信者「そうです! 絶対に、何かトリックを使ったに違いありません!」
コナー「そのことを警察には?」
信者「言いました。ですが、状況証拠を覆すほどの根拠はないと……」
コナー「なるほど。では、その姉が発見されたときの経緯を詳しく教えていただけますか?」
信者「はい。その日は、彼と映画を見る約束をしていて、家に迎えに来てもらう約束をしてました。入り口から、玄関に続く道を歩いていくと倉庫が見えるんです」
コナー「……」
信者「私の本と、姉のブランド品を置く倉庫です。その倉庫には大きな窓があり、外から倉庫の中が見えるんです」
コナー「それで、部屋の中で首を吊っている姉を見たと?」
信者「正確に言うと、首を吊ろうとした姉が見えたらしいんです」
コナー「首を吊ろうとしたところを?」
信者「はい……。椅子に登り、天井から吊るしたロープに首を掛けるところだったようです」
コナー「それで、それを見た、その方はどうしたんですか?」
信者「慌ててドアから入ろうとしたようですが、鍵がかかっていました。それでドアを破ろうとしたみたいです」
コナー「ドアは破れたんですか?」
信者「かなり頑丈なドアで10分ほどかかったようですが、破れたようです」
コナー「当然ながら、中には姉以外は居なかったということですね?」
信者「はい……」
コナー「それなら、どう考えても自殺以外にはあり得ないのではないでしょうか」
信者「……そうなんです。そうなんですが、どうしても、どうしても納得できなくて……」
コナー「わかりました。これはあくまで、姉が殺されたと仮定した上での考察です」
信者「わかったんですか?」
コナー「意外と事件は単純です。まず、窓から見えた、首を吊ろうとしていたのは姉ではありません」
信者「っ!?」
コナー「首を吊ろうとするところを見せれば、慌ててドアの方へ向かうのがわかっていたのでしょう。それを見た後、犯人は予め絞殺していた姉の死体をロープに引っ掛けた。あとは、ドアが破られ、警察が来るまで隠れていればいい。倉庫なので、隠れる場所はたくさんあるでしょう」
信者「……凄いですね。話を聞いただけで、正解にたどり着くなんて……」
コナー「……」
信者「やはり、犯人は許されるべきではないですよね?」
コナー「一つだけ言えることがあります。神はあなた自身の中にいらっしゃいます」
信者「……私の中に」
コナー「罪を許せるかどうかは、自身の中の神に問いかけるしかありません。ただし、法による罰だけが、許される方法ではありませんよ」
信者「……ありがとう、ございました……」

場面転換。

イーサン「神父。私にはわかりませんでした。犯人は一体、誰なんですか?」
コナー「姉のフリができる人間は一人しかいませんよ。双子の妹しか」
イーサン「あっ! だから指紋も……」
コナー「ええ。第三者の指紋があるわけがありません」
イーサン「神父は凄いですね。話を聞いただけで正解にたどり着くなんて……」
コナー「彼女は告解室に来ていたんですよ。何かしら、罪の意識があったというわけです」
イーサン「……もしかして、あの人は自分の罪を見破って欲しかった、ということでしょうか?」
コナー「おそらくは」
イーサン「自首、すると思いますか?」
コナー「それは姉に対する憎悪と愛の大きさによるでしょうね」
イーサン「それにしても、お金は人を狂わせるんですね」
コナー「……お金、ですか?」
イーサン「え? だって、あの人は借金を負わされて、姉を恨んだんじゃないんですか?」
コナー「いえ。お金じゃありません。愛を奪われたことによるものでしょうね」
イーサン「愛を奪われた? どういうことです?」
コナー「最初、彼女は姉の恋人が死体を見つけたと言いました。ですが、事件の当日は恋人が家に迎えに来ることになっていた、と言ってましたよね?」
イーサン「……恋人を奪われた、ということですか?」
コナー「……どうしても許せなかったんでしょうね」
イーサン「警察に知らせなくていいんですか?」
コナー「イーサン。言いましたよね。私たちは話を聞くだけです」
イーサン「ですが……」
コナー「許すか許さないかは、彼女の中の神に委ねるしかないのです」
イーサン「……」
コナー「さあ、少しだけ祈ることにしましょう。彼女の姉の冥福と、彼女自身が答えを見つけられるように」
イーサン「はい……」

終わり。

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