【シナリオ】いつもの場所

【シナリオ】いつもの場所

セミの鳴き声と街の雑踏の音。

真夏の町中を並んで歩く、橋本悠斗(24)と小宮隆(35)。

小宮「橋本、今日はあと三件回るぞ。大丈夫か?」

悠斗「 (少し苦しそう)あ、はい。平気です」

小宮「……少し、休むか」

悠斗「いえ、僕ならホント、大丈夫ですから」

小宮「無理するな。体調管理も仕事のうちだぞ」

悠斗「……はい」

  小宮が立ち止まり、悠斗も立ち止まる。

小宮「よし、この喫茶店で少し休んでくぞ」

  小宮がドアを開けると、カランカランとドアに付いた来店を知らせる鈴の音が響く。

  店の中にはほとんど客がいない。

  小宮と悠斗が席に座る。

小宮「こういう昔ながらの店っていいよな。落ち着いた感じで、ゆっくりできる」

悠斗「そうですね」

小宮「俺はアイスコーヒーにするけど、橋本はどうする?」

悠斗「あ、僕も小宮さんと同じで」

小宮「マスター、アイスコーヒー2つね」

マスター「はいよー」

  落ち着いた感じの、クラシックな感じの音楽が流れている。

小宮「……懐かしい感じかな」

悠斗「……この曲、知ってるんですか?」

小宮「あ、いや、違う違う。この店の雰囲気だよ。初めて来たのに、落ち着くっていうかさ」

悠斗「あ、何となくわかります」

  音楽が終わり、ラジオのパーソナリティが話し始める。

パーソナリティ「次はお便りを紹介します」

小宮「へー。ラジオだったのか。最近はラジオなんて、全然聞かなくなったなぁ」

悠斗「そうですね。僕も昔はよく聞いてましたよ」

小宮「時々、聞きたくなるけど、ラジオ持ってないからな」

悠斗「そうですよね。最近はネットだけで、テレビも見なくなりましたから」

パーソナリティ「お前のことだから、忘れてるかもな。でも、あそこで待ってる。秘密基地で。ペンネーム、月の下さん」

小宮「ははっ! 秘密基地だってよ。俺も子供の頃は作ったな。……橋本の時代だと、そんなことはしなかったか?」

悠斗「いえ、僕も……」

小宮「どうした?」

悠斗「あ、なんでもありません」

悠斗(N)「秘密基地。その話で思い出した。あれは小学生の頃。……そう、僕も秘密基地を作ったことがあったのだった」

  セミの鳴き声。

  森を走る悠斗(12)と坂下仁(12)。

仁「はっちん、早く来いよー」

悠斗「待ってよ、仁くん」

  立ち止まって、草むらをかき分ける二人。

仁「へへ! 俺たちの秘密基地に到着―」

  地面に寝転がる二人。

仁「おっと、ラジオラジオ」

  仁が起き上がって、ラジオを付ける。

  パーソナリティの声と、音楽が聞こえる。

  再び寝転がる仁。

仁「やっぱ、ここは落ち着くよなー」

悠斗「うん、そうだね」

仁「考えたら、この秘密基地作ってから、もう五年だもんなー。結構、ボロボロになってるな」

悠斗「ほとんど毎日来てるもんね」

仁「なあ、はっちん。……中学に行ってもさ、時々、ここに集まらないか?」

悠斗「うん! もちろんだよ!」

仁「ホントか! じゃあ、約束だ! 指切り!」

悠斗「うん。ゆーびきりげーんまん」

仁「嘘ついたら、針千本のーます」

悠斗「指切った!」

仁「おっと、そろそろ暗くなってきたな。そろそろ買ってきた花火やろうぜ」

悠斗「うん!」

  二人が花火をしている。

仁「なあ、はっちん」

悠斗「ん? なに?」

仁「さっきした約束だけどさ、無理しなくていいからな」

悠斗「え?」

仁「いや、ほら、俺たち違う中学になるからさ……。友達も新しくできるだろうし、無理してここに来なくてもいいからな」

悠斗「仁くん……」

仁「なんかさ、思い出したときとか、なんか辛いことがあったらここに来いよな」

悠斗「うん。わかった」

仁「……だからさ、絶対に忘れないでくれよな。この秘密基地と俺のことをさ」

悠斗「もちろんだよ! 仁くんのことを忘れるわけないよ」

仁「……俺も、はっちんのこと、忘れない」

悠斗(N)「結局、僕があの秘密基地に行ったのはあの日が最後だった。中学に入ってすぐ、親の転勤が決まって引っ越したから。仁くんとは、しばらく手紙のやり取りをしてたけど、それも徐々に少なくなって、いつしか僕の方が手紙を出さなくなって、途切れてしまったのだった」

  ドアを開ける音とカランカランという鈴の音。

小宮「コーヒー、美味しかったな。また今度来てみるか」

悠斗「……」

小宮「さっきから、どうした、橋本?」

悠斗「あ、いえ。すいません。なんでもないです」

小宮「夏バテか? 明日からの連休はしっかり休んだほうがいいぞ」

悠斗「あ、はい。そうですね」

小宮「よし、じゃあ、遅れた分、取り返すぞ。お得意さん周りだ」

悠斗「はい!」

悠斗(N)「次の日からの連休。僕はちょっとした旅に出た。……あの日から行ってなかった秘密基地。もう残ってないと思うけど、なんだかその場所に行きたくなったのだ」

  セミの鳴き声。

  悠斗が森の中を歩く。

悠斗「……あれ? この辺だと思ったんだけどなぁ。……って、もうないか。十年以上経ってるし」

  それでも、歩く悠斗。

悠斗「……あれ? あった……」

悠斗(N)「まるでデジャブだった。僕の目の前には、あの日と同じ、秘密基地の姿がある」

悠斗「……残ってるもんだなぁ」

  悠斗が中に入る。

悠斗(N)「中に入ったら、さらに驚くことになった」

悠斗「全然、荒れてない……」

仁「あれ? もしかして、はっちんか?」

悠斗(N)「一目でわかった。もう十年以上会ってなかったのに、そこにいたのが仁くんだってことは」

悠斗「……仁くん?」

仁「いやあ、久しぶりだな。えっと、十二年ぶりか?」

悠斗「……もしかして、仁くん、この秘密基地にずっと来てたの?」

仁「まあ、な。なんか嫌なことがあると、来ちまうんだよ。社会人になったら特に来る日が多くなってさ」

悠斗「(笑って)わかる」

仁「……やっと、思い出してくれたんだな。ここ」

悠斗「……ごめん」

仁「謝るなよ。約束したろ? 思い出したときに来いって。今日、思い出したから来た。そうだろ?」

悠斗「うん」

仁「ああ、そうだ。久しぶりに花火でも買ってやるか」

悠斗「うん」

悠斗(N)「それから、仕事でなにかあったらこの秘密基地に来るようになった。やっぱり、ここは落ち着く。……そう、いつもの場所のような感覚。そして、ようやく気付く。この秘密基地がいつもの場所じゃなく、仁くんの隣がいつもの場所なんだと……」

終わり